杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

佐伯一麦

八木義德と吉村昭

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「カナカナの起床ラッパ」は、吉村昭の訃報を受けて吉村の思い出を語る内容である。その前半で、吉村昭に最後に会った時のことが書かれている。1999年11月に行われた八木義德の葬儀でのことで…

ネタは決して離さない。

佐伯一麦の短篇「二十六夜待ち」は、河北新報の記事に想を得て書かれた小説である。そのことは、『月を見あげて 第二集』(河北新報出版センター、2014年)の「新聞記事の効用」に書いてあるのだが、『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「…

逗子に住んでいた佐伯一麦

佐伯一麦『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「名曲喫茶『田園』」には、佐伯が脚本家の内館牧子と対談した時のエピソードが紹介されている。エピソードとはむろん、仙台市青葉区の国分町にあった名曲喫茶「田園」のことで、内館がその店の…

舟橋聖一「華燭」

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「消え落ちた華燭」には、舟橋聖一「華燭」のことが紹介されている。 「華燭」は、結婚式披露宴のスピーチで新郎の友人として祝辞を述べる主人公が、新郎と新婦と自分の三角関係について暴露し…

佐伯一麦と高田馬場

夏目漱石の妻は、漱石の癇の虫を治す虫封じの護符をもらいに西早稲田の穴八幡宮に行っていたという。佐伯一麦は、それにあやかったわけではなかったが、第一子の夜泣きやぐずりに悩まされていた時、この穴八幡宮に詣でたらしい。 というのも、上京した後に勤…

「雛の棲家」と「雛の宿」

佐伯一麦の「雛の棲家」は、「海燕」1987年6月号に発表された短篇で、同名の単行本(福武書店、1987年)に収録された。宮城県随一の進学校に通いながら大学進学の道を捨てた童貞の主人公が、自身が思いを寄せる、誰の子か分からない子供を出産した女を助け、…

佐伯一麦と太宰治

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「四十の坂」には、佐伯がそれまでの生涯で太宰を集中的に読んだ時期が三度あったと書いてある。一度目は中高生の頃で、二度目は三十代の初め頃である。三十代の頃の時、佐伯は「自分のこれま…

佐伯一麦「雛の棲家」

佐伯一麦「雛の棲家」を読んでいるのだが、いい。これは佐伯が27歳の頃の作品だが、佐伯の小説はやはり二十代から三十代にかけてのものが好きだ。どうしてかというと、仕事と生活、人間関係が苛酷な時期に書かれた私小説だからだろう。 「雛の棲家」は、「宮…

佐伯一麦と水上勉

水上勉の長編小説『飢餓海峡』は1963年に完結し、1965年に映画化された。監督は内田吐夢である。佐伯一麦は映画を観て興味を持ち、次いで小説を読んだ。佐伯が初めて読んだ水上の小説が『飢餓海峡』である。 その経緯が、『からっぽを充たす』(日本経済新聞…

小説と大説

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「かわたれどきの色」には、字数としてはわずかだが、「小説」に対する自身の姿勢を述べている箇所がある。 小説は、「大きな説」ではなく、現実を生きた姿として捉え、ささやかな夢や温かい人…

佐伯一麦と喫茶店2

先日、このブログで佐伯一麦と喫茶店の関係について書いた。 かつて仙台に「田園」という喫茶店があり、脚本家の内館牧子が叔父から経営をやってみないかと誘われたもののクラシックが苦手なので断念したが、その店は佐伯の人生の分岐点の舞台の一つだったの…

佐伯一麦と小出裕章

佐伯一麦と工学者の小出裕章が、2011年12月に対談した。そのことを私は佐伯『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「蕎麦屋にて」で知った。 「蕎麦屋にて」には「総合雑誌で、小出氏に反原発の人生を語ってもらう企画があり、私にインタビュア…

佐伯一麦と喫茶店

佐伯は喫茶店が好きなようで、随筆に時おり喫茶店の思い出などが語られることがある。ちなみに佐伯が前妻と出遭った店は、その元妻とのことが書かれた私小説を事実だとすると、夜はスナックになる高田馬場の喫茶店である。 『月を見あげて』(河北新報出版セ…

東大にいた佐伯一麦

『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「樹下に佇む」を読むと、佐伯一麦が2012年の節分である2月3日に東京大学に行っていたことが分かる。東大文学部の加藤陽子の招きで訪れて、話をしたようなのだが、調べてみると、震災後の魂と風景の再生…

佐伯一麦の「同業者」

佐伯一麦『月を見あげて』(河北新報出版センター)は、現在までに第三集まで出ているが、読み続けていると、佐伯が色んなところに出掛け、対談やら審査員やら講演やらをやり、ベテラン作家として多彩に活躍していることがよく分かる。2013年に出た第一集(…

駒込にいた佐伯一麦

佐伯一麦『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「六つの十五夜」は、2011年9月12日の中秋の名月を切り口に、それまでの震災以降の六回にわたる十五夜の思い出を述べたもの。 9月12日、佐伯は東京に滞在中で、その日は駒込の商店街の鮨屋で早め…

佐伯一麦と映画3

映画『第三の男』が製作されたのは1949年である。この作品を佐伯一麦は少なくとも高校時代までに観ていて、それがきっかけで高校の図書館にあったグレアム・グリーンの全集を手に取ったそうだ。佐伯は1959年の生まれなので、映画公開後三十年以内に観たこと…

佐伯一麦と藤原智美

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)は、河北新報朝刊に2004年4月6日から2008年1月22日まで連載された随筆をまとめたもので、私見だがかなり重要な随筆集である。というのは、佐伯が随筆を発表するようになる以前の情報も豊富にある…

佐伯一麦の「青空と塋窟」2

佐伯一麦が仙台一高時代に出していた同人誌「青空と塋窟」のことが、佐伯の随筆集『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)に書かれていた。本書は河北新報朝刊に2004年4月6日から2008年1月22日まで連載された随筆をまとめたものである。佐伯が「…

佐伯一麦と中沢けい

佐伯一麦や島田雅彦、小林恭二、山田詠美、川村毅、中沢けいなどの作家たちが二十代の頃に「奴会」という勉強会を開いていたのは、このブログで前に書いた。 佐伯は『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「月の友 ―中沢けい」で中沢との思い出…

カキダシストとキリスト

佐伯一麦『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「カキダシスト」は、小説、とりわけ短篇小説は書き出しが重要だということを述べた随筆で、書き出しのうまい作者をカキダシスト、結びのうまい作者をキリストだと宇野浩二が分類したことが紹介…

和田芳恵と佐伯一麦2

佐伯一麦の『蜘蛛の巣アンテナ』(講談社、1998年)の「土産の塩煎餅」を読んだ。これは「河北新報」に1995年3月30日に載った随筆だが、去る彼岸の日に茨城県の古河に行き和田芳恵の墓を訪ねたことが書かれている。渡良瀬遊水地の野焼きを見るのがもう一つの…

佐伯一麦と石和鷹

佐伯一麦の短篇「……奥新川。面白山高原。山寺。」は、『en-taxi』vol.31(2010年 winter)が初出で、その後『光の闇』(扶桑社、2013年)に収められた。 「……奥新川。面白山高原。山寺。」には「羽生烏」という変わったペンネームの作家が登場するが、これは…

「麦男」の存在

三か月くらい前、このブログで佐伯一麦と大江健三郎のことを書いた。それは佐伯『蜘蛛の巣アンテナ』(講談社、1998年)の「ペンネームについて」の、佐伯が大江と会った時のエピソードをネタにしたものだったが「ペンネームについて」にはもう一つ、佐伯に…

古井由吉と「木を接ぐ」

「新潮」5月号は古井由吉の遺稿と作家による追悼文が載っている。このほど、図書館の貸し出しが再開したのでようやく借りて読むことができた。 追悼文を寄せたのは蓮見重彦、島田雅彦、佐伯一麦、平野啓一郎、又吉直樹。佐伯一麦の寄稿は「枯木の花の林」と…

佐伯一麦とアラン・シリトー

「COSMOPOLITAN」1991年10月号に、「佐伯一麦さんがすすめる 男の純情、男の気持ちがわかる8冊」という記事がある。1991年は佐伯が『ア・ルース・ボーイ』を発表し、三島由紀夫賞を取った年であり、注目されていたのだろうと思われる。この記事を書いたライ…

佐伯一麦と中上健次

佐伯一麦『蜘蛛の巣アンテナ』(講談社、1998年)の「夏の谺」は、徹夜明けの薄明の中で聞くヒグラシの声から、中上健次とのエピソードを想起する随筆である。 佐伯一麦は新宿の酒場で中上健次に会ったのだが、そこで中上にこう言われたという。 「そんなん…

佐伯一麦と大江健三郎

佐伯一麦の「一麦」というペンネームは、ゴッホが麦畑の絵を多く描いたことに由来している。このことは色んなところに書かれているが、『蜘蛛の巣アンテナ』(講談社、1998年)に収められている「ペンネームについて」には、この名前に関する大江健三郎との…

佐伯一麦の古井由吉追悼文

佐伯一麦による古井由吉の追悼文の一つが、朝日新聞4月11日(土)朝刊に掲載された。 佐伯は、古井と対談したこともあるし、朝日新聞紙上で往復書簡を交わしたこともある。古井の追悼文は複数の新聞社で出ているが、佐伯の文章が朝日に出るのは納得である。 …

映画『二十六夜待ち』評

図書館に行けないので過去の新聞を調べられないのだが、日経新聞2017年12月22日夕刊に、映画評論家・宇田川幸洋による映画『二十六夜待ち』評が出ているようだ。ネットで読むことができる。 評価は星(★)五つが満点で「今年有数の傑作」だが、『二十六夜待…