杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

映画『ダンボ』を観た。

惨めな子の勇敢で美しい生き方 1941年のディズニー映画『ダンボ』(ベン・シャープスティーン監督)を観ました。人生で恐らく三度目の鑑賞です。 サーカス団のゾウの子ども・ダンボは、耳が特別に大きいことが理由で虐められるが、最終的にはその大きな耳で…

達人のサイエンス

達人の境地=マスタリー ジョージ・レナード『達人のサイエンス』(日本教文社、1994年)をところどころ拾い読みしているのですが、これがやたら興味深いです。 本書はひと言でいえば、「熟達すること」についてあらゆる角度から述べたもので、人の人生のあ…

やりたいことがないといけないのか

「思考ガチャ!」が面白い 6月29日に放送されたNHKEテレ「思考ガチャ!」は、「やりたいことがないのはいけないこと?」をテーマに異分野の研究者たちがさまざまな意見を述べていました。 この番組、面白い。全国の20代の男女300人に「どうも気になる」テー…

テック・ストレス

生活は大きく変わった エリック・ペパー、リチャード・ハーヴェイ、ナンシー・ファース『テック・ストレスから身を守る方法』(竹林直紀監修、中川朋訳、青春出版社、2022年)を読み、パソコンやスマホ、ネットを使いまくる現代の生活スタイルはけっこう…ど…

成功に貧乏は必要か

一種の生存者バイアス 先日、創作をやる人は「マズローの欲求五段階説」の生理的欲求や安全欲求くらいは満足させていなくてはならない、という鈴木輝一郎先生『何がなんでも長編小説が書きたい!』(河出書房新社、2021年)の言説を引き、その考えはセロトニ…

「おはなしの家」

バットを振り続けること 村中李衣『「こどもの本」の創作講座』(金子書房、2022年)を読んでいます。 手に取ったきっかけは、「おはなしの家を建てよう」というサブタイトルでした。本書の内容はタイトルにある通り、「こどもの本」の創作方法を教えるもの…

モーリス・センダック『父さんが かえる 日まで』

恐るべきは大江健三郎 モーリス・センダック『父さんが かえる 日まで』(アーサー・ビナード訳、偕成社、2019年)を読みました。読んだきっかけはもちろん大江健三郎『取り替え子』(講談社文庫、2004年)です。本書はヨーロッパの伝承である「取り替え子(…

HSPと非HSP

グラデーションで境目はない 高田明和『「敏感すぎて苦しい」がたちまち解決する本』(廣済堂出版、2017年)を、ざっと読みました。いわゆるHSP=とても敏感な人向けに書かれた自己啓発本で、すでに類書は多く出ています。ざっと目を通しましたが内容がかな…

めかぶ『世界のサメ大全』

ある種のお手本 めかぶ著『世界のサメ大全』(SBクリエイティブ、2022年)は、サメ愛好家のフリーのイラストレーター「めかぶ」さんが、125種類のサメの絵を描いた図鑑です。図鑑ですがイラストしかなく、写真はありません。 めかぶさんは元々、水族館が好き…

窓際族

一種の「意識低い系」 藝人・有吉弘行の『お前なんかもう死んでいる』(双葉社、2010年)を読んでいます。有吉(「弘行」は「ひろいき」と読むらしい)といえば、猿岩石。「電波少年」でユーラシア大陸横断ヒッチハイクでブレイクしたコンビでしたが、ほどな…

手紙

ある知人から手紙が届きました。 ありがたいことにこのブログを不定期ながら読んでくださっている人で、ご自身の書かれた作品と私のブログへの感想を送ってくれたのです。 その手紙の中に、このブログ最近の記事に対し、ハウツー本の紹介が目立つ、と書かれ…

人間は進化しているか、退化しているか

マイケル・ボンド『失われゆく我々の内なる地図』(竹内和世訳、白揚社、2022年)を読んでいます。 人間の「ナビゲーション能力」は空間を把握する能力ですが、それ以外にも出来事を記憶したり思い出したり、人間関係を理解したり、抽象的な概念を探ったりで…

「人間、暇があってなんぼ」

「意識低い系のススメ」 本多信一先生の『がんばらなくてもいい』(こう書房、2009年)を読んでいます。先生は現代の悩める職業人の味方で、数多の人の職業相談に乗ってきた人ですが、私は先生のいう「内向型人間」、今風に言い換えるとHSPへの助言を、その…

創作と「マズローの欲求五段階説」

まずは普通の生活 鈴木輝一郎先生『何がなんでも長編小説が書きたい!』(河出書房新社、2021年)の中に、「マズローの欲求五段階説」に触れているところがありました。 「小説家になるためには、まず健康と『食う寝る処に住む処』を確保しよう」と書き、続…

意識を低くしてみる

中庸が望ましい このブログで半年ほど前、Ryota『まわりに気を使いすぎるあなたが自分のために生きられる本』(KADOKAWA、2021年)を取り上げ、同書の「意識低い系生活」について書きました。 この「意識低い系生活」とは、誰かの役に立たないといけない、社…

ボランティア雑感

新しい縁の形 金子郁容『ボランティア』(岩波新書、1992年)を読んでいます。 人助けとか無償の奉仕活動をして良い気分になりたい、というわけでは全然ありません。ボランティアに興味が湧いたのは、先日、地元で一日だけのボランティアに参加したのを機に…

大江健三郎『取り替え子』

独自の世界 大江健三郎『取り替え子』(講談社文庫、2004年)を読みました。これは2000年に同社より刊行されたものの文庫化になります。 映画監督の塙吾良の死をめぐり、国際的な小説家である長江古義人を中心に繰り広げられる死と再生の物語。大真面目であ…

ある知人の話

休息も運動も意識的に 会社勤めをしている知人が、あまりの仕事の忙しさに疲れ、ストレスに抗い切れなかったらしく、ダウンしてしまいました。 このところ、増えているような気がします。コロナ疲れというのもあるでしょうし、リモート環境では孤独感が増す…

孤独死

人間関係は自分で作る時代 先日、NHKの「所さん!事件ですよ」を見ました。その日は「どうする!?現役世代の孤独死」というテーマで、43歳一人暮らしの男性が死後一か月経ってから発見された事件を切り口にした、今増えている若い世代の孤独死の話でした。 番…

松本清張「天城越え」

ストーリーテリングの妙 先日、NHKで松本清張原作のドラマ「天城越え」が放送されたので、見ました。 初回放送は1978年10月なので、私が生まれるよりも前になります。佐藤慶、鶴見辰吾、宇野重吉、中村翫右衛門、荒井注…俳優たちが懐かしい。鶴見辰吾はまだ…

余裕を失えば鈍する

もう四年くらい前に「貧すれば鈍する」というタイトルで記事を書きましたが、近頃またそのことを痛感しました。 「貧すれば鈍する」は、要するに精神的な貧困のことを指していると思います。人間、経済的な貧窮に陥るよりも、気持ちや時間の余裕がなくなって…

『金持ち父さん貧乏父さん』と『資本論』

革命か投資か 木暮太一『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社新書、2012年)を読んでいます。これは現在、『人生格差はこれで決まる 働き方の損益分岐点』 (講談社+α文庫、2018年) と改題して文庫化されたもので読むこともできます。 著者…

佐伯一麦と中野ブロードウェイ

青春の一ページ 長谷川晶一『中野ブロードウェイ物語』(亜紀書房、2022年)は、その名の通り、中野の中野ブロードウェイについてのルポルタージュです。私はここに行ったのはほんの数回で、タコシェや明屋書店を少し見た程度でした。それでも、ここはいかに…

趣味と夢

2017年のTBSドラマ「カルテット」には、こんなセリフがあるらしいです。 仕事にできなかった人は決めなきゃいけないと思うんです。趣味にするのか、それでもまだ夢にするのか。趣味にできた蟻は幸せだけど、夢にしちゃったキリギリスは泥沼… 私はこのドラマ…

モーリス・センダックの絵本

『まどのそとの そのまたむこう』 大江健三郎『取り替え子』(講談社文庫、2004年)の「終章 モーリス・センダックの絵本」は、古義人の妻の千樫が、古義人がドイツに行くのに使った大型トランクの中にモーリス・センダックの絵本を見つけるところから始まり…

繰り返される「一度きりの人生」

実存と構造 昨日は「パンスペルミア説」にかこつけて「情報はヴィークルに乗って旅を続けている」と書きましたが、人の一生というのは一度しかないに違いないものの、要するに情報の永い旅の過程にあってその後もずっと旅が続くわけです。情報はその肉体が終…

「はやぶさ2」とパンスペルミア説

永い旅の途中 普段はあまりニュースを見てワクワクすることがありませんが、6月6日の朝刊に出ていた記事には興奮を覚えました。 JAXAの探査機「はやぶさ2」が小惑星「りゅうぐう」で採取し持ち帰った砂から、生命を形成するタンパク質の材料となるアミノ酸が…

すめら

古語の響きはいい カタカナにすると怪獣の名前みたいですが、これは「皇」の読みで、天皇、ないし神といった意味です。 三島由紀夫の短篇「英霊の聲」を私は読んだことがありませんが、その中に「などてすめろぎは人間となりたまひし」という一節があり、そ…

仕事と趣味

ワナビが辛いことの一つは、例えばプロミュージシャンを目指しているとして、その活動が周りの人には仕事ではなく単なる趣味に映ることがあることです。 小説家でも俳優でも何でもそうだと思いますが、新人賞に応募したり、オーディションに出たりするのはワ…

純粋な動機と不純な動機

好きな女の子にアピールするために音楽をやり始める。あるいは、好きな人が読んでるから同じ本を自分も読む。そういうのは動機が不純だとして批判される向きがあるが、実はそういう動機こそ純粋な動機である…。これまでに何度か、そういう言説に接したことが…