杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

文学研究

佐伯一麦と徳田秋声2

佐伯一麦は八木書店の『徳田秋聲全集 第25巻』(2001年)の月報に、随筆「暮れに読む『新所帯』」を寄せている。ちなみにこれは「あらじょたい」と読み、正しい漢字は「新世帯」であるはずだ。 「暮れに読む『新所帯』」には、佐伯が秋声文学に親しむように…

『渡良瀬』に出てくる「小説家」

佐伯一麦の『渡良瀬』(新潮文庫、2017年)には、主人公・南條拓が古河市の「宗願寺(そうがんじ)」に小説家の墓を訪ねるシーンがあり、面白い。 その小説家の墓の墓石には「寂」という字が彫られていて、それは作家が生前に書いたものだとあり、さらに作家…

佐伯一麦とミレー

佐伯一麦の「海燕」新人文学賞受賞作「木を接ぐ」(1984年)には、ウェルギリウスの詩のエピグラフがある。 ダフニスよ、梨の木を接げ。汝の孫たち、その実を食うべし。 ――ヴィルギリウス これがタイトルの由来になっていることは容易に想像できたが、私はこ…

中村文則『銃』の川と橋

中村文則の『銃』は第34回新潮新人賞受賞作(2002年)。この作品について、ちょっと物好きな調べ物をしてみた。 主人公は大学生の男で、ある日、自宅から歩いて行ける川の近くの芝生で男の死体を発見し、その傍らに落ちている拳銃を拾う。拳銃は主人公を非日…

佐伯一麦と八木義德

佐伯一麦は1983年、高校時代に書いた習作を直した「静かな熱」で「第27回かわさき文学賞」入選を果たした。選者には芥川賞作家の八木義德がいた。 二瓶浩明の佐伯年譜によると、佐伯はこの時期、上京後から携わっていた週刊誌ライターを辞め、さまざまな仕事…

佐伯亨の「静かな熱」

佐伯一麦のデビュー作は1984年の「海燕」新人賞受賞作「木を接ぐ」だが、その前年の1983年、本名の佐伯亨による「静かな熱」という短篇が「第27回かわさき文学賞」に入選している。佐伯は、上京したての頃に川崎市に在住していたことがある。 「かわさき文学…

「麦男」ではなかった…

以前このブログで、佐伯一麦が、「佐伯麦男(ばくだん)」というペンネームで書いた小説「木を接ぐ」で海燕新人賞を受賞したと書いた。 その裏付けとしたのは、岩波書店の『私の「貧乏物語」』(2016)に載っている佐伯の寄稿である。そこには以下のように書…

佐伯一麦の原点

2016年9月15日の毎日新聞夕刊に佐伯一麦の取材記事「私の出発点」が載っている。取材記者は鶴谷真という神戸出身の人である。 この記事によると、佐伯は五歳の頃に近所の未成年者から性的暴行を受けた。『ショート・サーキット』(講談社文芸文庫、2005年)…

イン・メディアス・レス

『書くことについて』には、「イン・メディアス・レス」という小説作法が古来から正統的なものの一つとされてきたと書いてある。これは最近本書を再読して目に留まった語で、最近まで私はこの言葉を知らなかった。 物語を最初から語るのではなく、途中から語…

佐伯一麦、佐伯麦男、佐伯亨

ある人物に関する、同じ時期の出来事を書いた複数の記事を並べて見ると、両記事が不足情報を補い合って、その人物のことが立体的になってくることがある。 岩波書店編集部編『私の「貧乏物語」』(2016年)は、日本に長く続いている経済的閉塞感と、河上肇の…

豊島与志雄と水野亮

豊島与志雄訳のユゴー『レ・ミゼラブル』は名訳と言われている。私が持っているのは岩波文庫で、これはもともと七分冊だったが1987年に四分冊に改められたものだ。 豊島が初めて『レ・ミゼラブル』を訳したのは大正時代である。その後、昭和初期にピークを迎…

ゾラと水野亮

バルザックの『知られざる傑作』(岩波文庫、1928年)の水野亮による訳者あとがきには、バルザックは長篇のほうが知られているが、短篇でも読み応えのある作品がなくはない、と書いてある。続けて、 いったい、同一作家でありながら、同時にすぐれた長篇も書…

中村文則と板橋区

https://mainichi.jp/articles/20170823/dde/012/040/004000c 中村文則の『銃』は板橋区高島平を舞台にしているらしいが、この記事には、中村氏はかつて西高島平駅近くのワンルームに住んでいて、歩いて15秒ほどの場所に「埼玉県」の看板があった、とある。 …

高島平が出てくる小説

四條識 (しじょう・しき)は、1980年生まれ、東京出身である。日本工学院専門学校を経て、2004年よりforsevenoneeightone(フォーセブンワンエイトワンと読むようだ)というバンドで活動していたが、2014年に解散。2017年1月に発行された『蚕録』で小説家デ…