杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

萩原葉子とダンス

萩原葉子の『蕁麻の家』(講談社文芸文庫、1997年)を読んでいます。これは萩原の自伝的長篇小説で、『閉ざされた庭』『輪廻の暦』を含む三部作の第一作です。

『蕁麻の家』は私小説で、萩原自身の小学校から21歳までの経験を描いたもの。講談社文芸文庫の「著者から読者へ」には、萩原は本書を書くにあたり「これだけは書かずに死ねない。暗闇の中へ葬っては、いけない」と胸に誓っていたことが書かれています。この執念…。私小説はこうでなくては、と私は思います。

本書は、いわば主人公の嫩(ふたば)の青春物語ですが、祖母からはひどい精神的虐待を受け、知り合って間もない男からはほとんど強姦のような行為をされるなど、「青春」というにはかなり過酷なものです。特に祖母の虐待は多分に差別的であり、陰湿でもあります。

萩原には、赤面ドモリ、対人恐怖症、自閉症的性格があったそうですが、本作が事実を描いたものならば、萩原のそうした症状には、若く多感な時期に大人から酷い扱いを受けたことが少なからず影響していたのではないかと推察します。

本書の全体的な感想はまた後日書くとして、私は、萩原が1976年に「新潮」へ本作を掲載した後、ダンスを恋人として生き、人生観が変わり、対人恐怖症も克服していった、というエピソードがとても興味深いですね。

運動は鬱や適応障害の治療に効果があると聞いたことがありますが、萩原のエピソードは、運動には人生すら変える力があることを物語っているように思います。

映画『トゥルーマン・ショー』を観た。

現実と真実

GWは映画を一本観ようと思い、『トゥルーマン・ショー』を観ました。

1998年のアメリカ映画。監督のピーター・ウィアーは、『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985年)や『いまを生きる』(1989年)などの監督もしています。

主演はジム・キャリーで、『マスク』(1994年)や『ジムキャリーはMr.ダマー』(1994年)、『ライアー ライアー』(1997年)などに立て続けに出演し、私の感覚では、本作に出演したのは人気の絶頂期だったのではないか、と思います。

トゥルーマンという人間の人生が、誕生の日から30年にわたり、世界に向けて24時間365日生放送で届けられている、というリアリティ番組の極致のような奇想天外な設定。その事実を知らないのは、番組の「主役」であるトゥルーマンのみで、家族や友人、同僚、周囲の住人や無関係な街の人々に至るまで、全てがいわゆる「仕掛け役」です。

しかし、仕掛け役たちが周到に日常を「演じている」にも関わらず、トゥルーマンをめぐる「現実」にはいくつもの綻びが生じ、トゥルーマンは疑いを持ち始めます。やがて、創られた世界の果てともいうべき、街の外の海に造られた巨大な書割の壁に到達し、非常口のようなドアから外へ出ていきます。

その様子をも見ていた世界中の視聴者は、これまではトゥルーマンの創られた人生に幾度も感動してきましたが、最後には、真実の人生を求めて番組を出て行くトゥルーマンの姿に最高の感動を味わうのです。

トゥルーマン・ショー」は究極のリアリティ番組だったはずですが、実際は人の手によって創られていた現実に過ぎず、本当の真実の方が大きな感動を生む、ということですね。

トゥルーマンは約30年の人生をエキストラたちに囲まれて生きてきたわけですが、それがリアルタイムで放送されている、という設定は、やはり無理があるでしょう。

トゥルーマンは映画の中ではごく平凡な一般会社員として生きており、それがずっと放送されているわけですが、では思春期の性行為や暴力行動はリアルタイムで放送されていたのか。あるいは病気やケガや事故などはどう描いたのか。病気、ケガ、事故などは全てエキストラによって防止できたでしょうけれど、性や暴力は止めようがなかったように思えます。まぁ、エキストラの演技などによって巧みに心理操作や思想教育がなされれば、そうした逸脱行為も防止できたのかもしれません。

とはいえ、そもそも、私のそのような疑問は、本作を観る上ではナンセンスなのでしょう。本作は、そういうことは承知の上で制作された、一種のSFというべきでしょうか。

トゥルーマンの妻を演じる女性が、シリアスなシーンでいきなりココアのコマーシャルをするところは大笑いしました。

ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』

設定が面白い

ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(服部京子訳、創元推理文庫、2021年)を読みました。

高校生の主人公ピップが、街で5年前に起きた失踪事件について高校の自由研究で調査をし、ついには本当の殺人犯を突き止めるという話です。自由研究で事件を調べる、という設定が面白かったですね。

ピップが調査の手法として用いたのはインタビューです。また、やがて犯人らしき人物から調査を止めるよう迫る脅迫メッセージが届いたりして、ミステリよりもサスペンスのような感じがしました。

またピップは、この自由研究を行う傍らでケンブリッジ大学への入学を目指して勉強もします。ところが、自由研究にのめり込み、脅迫メッセージへの恐怖もあって、勉強にはあまり身が入りません。それでも最後は自由研究の成果が大きな反響を呼び、大学側の人間をも驚嘆させたようで、ピップはケンブリッジ大学に合格します。ケンブリッジ大といえば世界最高峰の大学と認識していますが、あまり勉強しなくても入れるのかな?と思いました。

本作はシリーズ化されており、第4巻まで出ており、いずれも本作と同じ町が舞台にしているようです。一つの街で繰り広げられる複数の事件を連作で描くことには興味がありますので、全部読んでみようと思います。

沼は物書きの始まり

岡元大『まちかどガードパイプ図鑑』(創元社、2023年)を読みました。

内容は、タイトルのとおり全国の街角のガードパイプを写真付きで紹介しまくるというものです。紹介されているガードパイプは、「花モチーフ」「木モチーフ」などモチーフの種類別に分類され、さらに構造の特徴を7タイプで分けた「ルックス分類」、所在地、撮影年月日、撮影者、情報提供者の他、紹介文も掲載されています。その他、「鋼製防護柵協会」という「ガードパイプの有識者」や月刊雑誌「地図中心」編集長の小林政能との対談、ガードパイプのコラムが多数掲載され、面白い一冊になっています。

私は個人的にはガードパイプがそんなに好きなわけではありませんが、読んで思わずニヤニヤしました。

本書で紹介されている「いたばし花火GP」は近所にあり、日常的に見ているガードパイプだからです。ちなみにこのガードパイプがある交差点は、毎年夏に荒川で行われる「いたばし花火大会」を見に行く時に必ず通る場所であり、だから花火をモチーフにしたのだろうと思います。ちょっとうれしくなり、外出ついでに撮影してしまいました。

最近は「沼る」なんて言葉をよく聞きますが、沼は物書きの始まりなんだろうな、と思いました。変態的なまでに一個の物事に執着し、愛すると、やがてその中に一つの世界が見えてきて、それは際限なく広がり、深まっていきます。そして、その世界にどっぷりと「沼る」と、ゆうに本を一冊書けるくらいの情報と知見が蓄積するというわけです。

それだけではありません。鋼製防護柵協会や雑誌編集者との対談は、著者がガードパイプ道を突き進んだからこそ生まれた企画といえるでしょう。ガードパイプへの思いが新たな縁を生んだのだと思います。いうなれば沼は、生活を彩り、人生すら変革する「異世界への扉」なのかもしれません。

私も、一般の人なら誰も見向きもしない、変態的な調べ物と書き物をしていましたが、最近はちょっとお休みしていました。本書を読み、また再開したいなぁ、と思った次第です。

板橋区立美術館「シュルレアリスムと日本」

板橋区立美術館に行き、「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」を見ました。

私はシュルレアリスム作品の良い鑑賞者ではない

シュルレアリスム宣言』とは、フランスの作家アンドレ・ブルトン1924年に発表した著作です。私は以前、フランス文学者の巌谷國士が訳した『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』(岩波文庫、1992年)を持っていましたが、ついに読まずじまいでした…。なお私の以前の同僚に巌谷に大学で教わったことがあるという人がいました。その話を聞いた時は、へぇーと思ったものです。

さて、シュルレアリスムとは日本語ではたしか「超現実主義」というはずです。ブルトンの『宣言』にはシュルレアリスムの定義が記されているらしいですが、私は漠然と、非現実的な風変わりな作風の絵や文学作品、というくらいにしか理解していません。

私は昔、澁澤龍彦に惹かれていましたし、ダリの絵もけっこう好きですし、『アンダルシアの犬』も観ましたし、ランボオの「イリュミナシオン」には心打たれました。とはいえ、シュルレアリスムとはその程度の関わりしかなく、ワナビをこじらせた挙げ句、私小説などの、どちらかというと「リアリズム」の方に強く傾倒していったので、シュルレアリスム作品の良い鑑賞者とはいえません。

絵は好きなように観ていい

でも、今回の企画展、率直に言って面白かったです。

靉光「眼のある風景」、杉全直「跛行」、福沢一郎「他人の恋」、山下菊二「新ニッポン物語」、桂ゆき「土」など、良かったですね。

ただ、全体的にはやはり「暗い」という印象を受けました。大半の絵は、作者は神経を病んでいるのでは?と思わせるものでした。

現代人は情報の海の中で脳と眼が疲れていますが、百年前の人々は帝国主義とか、共産主義とか革命とか、喧しいイデオロギーと暴力に疲れ切っていたんじゃないかな、と漠然とですが感じました。

画家たちは、乱暴で鈍感な世の中にあって、繊細な感性と技術を活かして自分の世界を構築しようと必死だったのでは…と。私のそんな推察が少しでも的を射ているのであれば、やはり藝術家や作家というのはいつの世でも生き方は同じなのでしょう。

とまぁ、自分の好き勝手に読み解いた企画展でしたが、絵画というのはそういう向き合い方でいいと私は思っています。

企画展は4月14日まで。

鳥山明先生の思い出

漫画家の鳥山明先生が亡くなりました。68歳。この時代に68歳は早すぎるように思いますが、やはり、人生いつ何が起こるかわかりませんね。

鳥山先生の影響

さて、鳥山先生といえば、「Dr.スランプ」「DRAGON BALL」の作者であり、「ドラゴンクエスト」「クロノ・トリガー」のキャラクターデザインを担当したことでも有名です。いや有名どころか、漫画家としては世界にその名が知られていますし、私は少年時代に鳥山先生の世界で育ったようなところがあります。

とはいえ、私は「Dr.スランプ」はろくに読んでいませんし、アニメもところどころ拾うように見ただけでした。それでも鳥山先生の世界で育ったとすら思うのは、ひとえに「DRAGON BALL」の存在があるからでしょう。

DRAGON BALL」は、マジュニアが出てきた辺りから本格的に「ジャンプ」で読むにようなりましたが、敵がどんどん強くなっていき、それにつれて主人公たちも際限なく強くなっていくという、いわゆる「強さのインフレ」を目の当たりにしました。

この強さのインフレは、多分に中二病心を刺激するものを持っていたと思われます。また、以後のバイオレンスアクション漫画にも色濃く引き継がれていったとも感じます。

私は、強さのインフレが発生するアクション漫画に少年期に多く触れたことが、自分の精神形成に少なからず影響を与えた気がしてなりません。

その影響は、「仲間を守りたいと思うようになった」「諦めず努力するようになった」といった前向きな変化ではなく、「俺は無敵」「俺には世界を変える力がある」という、イタい中二病を発症する形で現れたように思います。これは、鳥山先生の漫画が子供に悪い影響を与えるものだったということではなく、少年期の私の心根がかなり歪んでいたということでしょう。

良い読者ではないけれど…

私は「FINAL FANTASY」はやりましたが「ドラクエ」は本格的にはやっておらず、「クロノ・トリガー」もきちんとやっていません。そう考えると、私は決して鳥山先生の世界に十分にひたったわけではなく、とうてい、良い読者とはいえません。

それでも、前述のとおり鳥山先生は私にとって大きな存在だったと思えるのです。

バルザック『あら皮』

バルザックの長篇小説『あら皮』(小倉孝誠訳、藤原書店、2000年)を読みました。

私はバルザック作品を不定期で一作ずつ読んでいます。バルザックの代表作である本作のことは、何年も前に霧生和夫『バルザック』(中公新書、1978年)で知って以来、ずっと読みたいと思っていましたが、今回やっと読むことができました。

本記事では、『あら皮』を紹介しつつ、本作を現代的な感覚で読んだ感想などをつらつらと書きます。

バルザックの自伝的作品にして初の成功作

長篇『あら皮』は、1831年に刊行されました。バルザックはそれ以前にも小説を発表していましたが、実名で出版したのは1929年刊行の『ふくろう党』が最初であり、名のオノレと姓のバルザックの間に「ド」をはさんでオノレ・ド・バルザックとして発表した最初の作品がこの『あら皮』なのだそうです。

霧生和夫『バルザック』によると、本作は初版刊行の3週間後には再版の契約が結ばれたとのことで、バルザックの最初の成功作となったようです。

本作の主人公はラファエル・ド・ヴァランタンという下級貴族ですが、ラファエルは作者バルザックの分身といわれており、下宿の屋根裏部屋で貧乏生活を送りながら『意志論』という哲学論文を書いたことなどからも、バルザックの実人生と重なる部分があります。つまり、『あら皮』はバルザックの自伝的作品…ないし自伝的要素を持った長篇小説といえるでしょう。

『あら皮』あらすじ

『あら皮』は全三部構成の長篇小説ですが、第一部と第二部が時間にして一日足らずであるのに対し、第三部は半年もの期間のことを描いています。ざっと以下のような内容です。

護符(第一部)

青年貴族ラファエルは、人生に絶望して自殺しようとしますが、立ち寄った骨董屋の老主人から、商品の一つである「あら皮」を受け取ります。このあら皮は、オナガーというロバの一種のなめし皮で、裏にはサンスクリット語(実際の文字はアラビア語らしい)で、あら皮は所有者の望みを何でも叶えるが、叶えるごとに皮は縮まっていき、それと共に所有者の命も縮まる、といった主旨の文章が刻み込まれています。

なお「あら皮」は漢字で書くと「麤皮」で、東京や神戸にそういう名前のステーキ店があるようですね。

あら皮を手に入れたラファエルは、骨董屋を出た直後、友人に出くわしターユフェールという銀行家の宴会に誘われます。盛大な宴会に出たいという自分の願いの一つがさっそく実現し、驚きます。そして宴会でエミールという友人に会い、自分の過去を語り始めます。

なお銀行家ターユフェールは元医学生で、かつて殺人を犯したことのある人物です。殺人の経緯は短篇「赤い宿屋」に書かれているのですが、『あら皮』では触れられません。知っている読者のみが「人間喜劇」の奥深い世界を味わえます。

つれない女(第二部)

ラファエルは早くに母を亡くし、厳しい父に育てられました。その父の死後、下宿屋の屋根裏部屋を安く借り、貧乏生活をしながら『意志論』という論文めいた書物を著します。下宿屋の主人にはポーリーヌという娘がいて、ポーリーヌはラファエルを慕い、精神的な支えにもなってくれます。

その後、ラファエルはラスティニャックという男と出会い、社交界の花形であるフェドラという伯爵夫人を紹介されます。このフェドラがかなりの曲者で、常に態度がはっきりとせず、ピュアなラファエルの心を翻弄してしまいます。ラファエルはフェドラに振り回されたあげく憔悴し、浪費や放蕩をしたのち、絶望して自殺を思い立ったのです。これが小説の冒頭にあたる箇所です。

宴会が終わった翌朝、ラファエルは伯父の莫大な財産を相続することになります。しかし、あら皮は縮まってしまい、ラファエルの命も残りわずかであることを示していました。

死の苦悶(第三部)

ラファエルは裕福になったものの、何か願えばあら皮と共に寿命が縮むの恐れ、世間と隔絶してジョナタースという老従僕と静かに暮らしていました。

その後、劇場で再会したポーリーヌと暮らすようになり、幸福な時間を過ごしますが、あら皮は縮み続けます。ラファエルはあら皮の縮小を食い止めようと、高名な科学者に依頼します。しかしどの分野の学者にもあら皮の解明や縮小の阻止はできません。衰弱したラファエルは医師の勧めに従い、温泉地に行って療養に努めることになります。

オーヴェルニュ地方の温泉地の情景はまことに美しく描写されており、この世の楽園を思わせます。ラファエルはこの地で夢を見ているような気分で過ごすが、健康状態は回復しません。

その後パリに戻り、ポーリーヌと再会すると、ラファエルは激しくポーリーヌを求めますが、これが最後の欲望となり、ついに息絶えます。

だいぶ端折りましたが、おおむねこのようなストーリーです。

ラファエルは今でいう「こじらせ」か

『あら皮』は、魔術的な力を秘めた「あら皮」を手に入れ、その力でさまざまな欲望を成就させるものの、それと引き換えに残りの命を奪われるという、「悪魔に魂を売り渡す」式の、昔話風のエンタメ小説になると思います。しかし実際は、富、地位、愛などを得て、つまり「人生に勝利することに渇望した才能ある青年が、ついに不遇なまま人生を終えることになるという、一種の悲劇ではないかと私は思います。

この小説は、現代的な感覚で読むこともできる気がします。

まず、自分の才能を信じ、貧乏に耐え、『意志論』という哲学的論文を書くラファエルは、今でいう「こじらせ」ではないでしょうか。

幼時から愛に飢え、何者かになりたいと強く願い、極端ともいえる禁欲と勉学を自らに課し、悶え苦しみながら、地位、富、愛やアイデンティティの確立をも成就させるはずの大勝負に賭けるのです。その背後には数えきれないほど蓄積した憤懣があるはずで、ラファエルのこういう姿は、こじらせワナビに通じるものがあるように思います。

この、こじれにこじれまくった欲望や観念は、きれいに解きほぐせないこともなかっただろうと私は思います。しかし、まぁ…あら皮に手を出した時点でラファエルの運命は決まっていたわけで、最後は非業の死を遂げる方が小説としても面白いのは確かですね。

もう一つ。社交界の人気者でラファエルを曖昧な態度で翻弄するフェドラは、いわば「ツンデレ」で、デレの面は描かれていませんが、恐らくそんな女なんだろうと思います。

これは単なる想像ですが、フェドラは自分に何でも尽くしてくれる男を求めて社交界をさまよう寂しい女で、資産のポートフォリオでもつくるかのように、何人もの男を自分の信者として保有することばかり考えている気がします。恐らくフェドラには自分の考えなどなく、社交界でマウンティングできるポジションを獲得することを習慣のようにして生きているのではないでしょうか。

ラファエルは、そういうフェドラに振り回された、ピュアで、愚かで残念な青年の一人だったわけです。まぁ、小説的にお誂え向きといえばそうなのでしょう。

解説がありがたい

読んでいる最中、私は本作にやや不満を感じていました。この小説の文章はあまりに思弁的かつ抽象的で、ストーリーの進行は辛うじてわかるものの「起伏」の方はかなり捉えにくくなっているからです。

そういう部分がこの作品の「古さ」なのかと思ったものですが、不思議なことに、読後感は重厚かつ充実していました。

本書の巻末で宗教人類学者の植島啓司とフランス文学者の山田登世子が対談しており、植島が「最初のニ、三頁を読んでやめようかと思いました。(中略)でも、結局のところ、すごくおもしろかったですよ」とか、「こういう迷路に入り組んだような文体というのは、三十年ぶりぐらいに読んだ気がします。ただ読みはじめの抵抗感とは裏腹に、読みはじめたら、非常におもしろく読めました」と言っているのですが、まさにそんな感じでしたね。

ただしそれは、訳者の小倉孝誠による解説のおかげかもしれません。解説を読み、ストーリーの構造や作者の意図、読む上でのポイントなども整理されたことで、読後感がずっしりとしたものになったように思います。

やはり、私のような素人が古典的作品に素手で立ち向かうのは賢明とはいえません。解説という道案内があればこそ、作品世界を深く味わえるのでしょう。