杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

「私小説療法」

箱庭療法とか藝術療法があるように、私小説を書くことによる私小説療法があってもいい、と言っていた人がいるが、私も最近、私小説を書き進めていて、自分自身のかつての心の奥底にあった本当の気持ちに気づき、変わることができたと思うことがある。

小説の登場人物の相関図を書き、お互いが相手をどう思っているかを考える。つまり、私は相手をどう思っていたか、相手は私をどう思っていたか。後者は推測の域を出ないが、事実を元に考えるので大筋では間違っていないと思っている。

そうして、複雑に入り組んだ人間関係を解きほぐし、その中身を解剖していくと、当時は親友だと思っていた相手との友情が実は薄っぺらいものに過ぎなかったことや、私に好意を持っていると思っていた相手が実は私をずいぶん軽んじていただろうことなどが分かってくる。私と相手の実際の発言や行為を連続する「行動」として捉え、その内側で働いていただろう心理を見詰めると、ほぼ間違いなくそう言えるのだ。

過去の自分の心を知ることは、現在の自分を知ることにつながる。相手との人間関係が続いている場合などは、相手とのやり取りの中で現在でも感じる心地よさやストレスの理由が分かったりする。すると、現実の生活がいくぶんか整理される。それは、新しい活路を開いてくれるかのようだ。

私小説を書くことには、自分を変えてくれる効果があると思う。

やりがいの搾取

「やりがいの搾取」は、東大教授の本田由紀が名付けた言葉だそうだ。経営者が労働者に「やりがい」を強く意識させ、不当に安い報酬で働かせることを意味するらしい。

私はライターを十年以上やっているが、この仕事はとても面白く、なおかつ特にフリーランスの世界などでは安い報酬が問題になっている。

クリエイター稼業は押し並べて、やりがいがあり、報酬が人によって差がある。私は映画の学校を出た時、助監督になる道を選ばなかったが、これなどはまさにやりがいの搾取、つまり夢があって薄給の仕事の最たるものではないか(あくまで私のイメージに過ぎない)。他にも、介護などのサービス業もそういう傾向があるらしい。

要するに、心が満たされていれば腹が満たされなくても我慢する、という考えの人を上手く利用して低賃金で使いまくる、ということだろう。

思えば私がかつて働いたプロダクションがそうだった。編集やライターの仕事に関しては、有名人に会えるよ、社会を良くするクリエイティブな仕事だよ、などと言って私のやりがいをくすぐった。また、頑張って成績を上げれば給料はきちんと上げてやる、だから成績を上げて給料を上げるよう交渉しろ、などとも言った。しかし、私は営業もけっこうやったし、それ以外の編集・取材業務、便所掃除などもそれなりにやったが、経営者は満足せず、給料を上げてくれなかった。査定はまったく恣意的だったのだ。つまりフェアなようでまったくフェアではなかったわけで、まったくいいように使われていたとしか言いようがない。

馬鹿だった。やりがいを搾取されていたと言えばその通りかも知れないが、私はやりがいを燃やして薄給に甘んじ、際限なく労働を捧げていた。

仕事にやりがいを感じるのはけっこうなことだ。しかし生活がなくては仕事なんて成り立たないのだ。それをきちんと考えて行動しなくては。自分を救うのは自分しかいない。

身を売る、能力を売る、作品を売る

会社勤めをしている中で、労働と収入についてたまに考える。

学生として就職活動をして、会社に入る。これは言い方は悪いが「身を売る」だ。よく日本の就職は「就職ではなく就社」だとか、「白無垢」で入社してもらい会社の色に染める、だとか言われるが、まさにその通りで、新卒学生は文字通り体ごと会社に入るのだと思う。

転職とか独立ということになると、「能力を売る」ことになる。二十代ならまだ「身を売る」状態かも知れないが、三十代くらいになると、これこれこういうスキルがあって、こういう仕事ができる、だから雇ってほしい(仕事がほしい)となるのではないか。例えばライターであれば、インタビューができます、原稿が書けます、だから…となる。カメラマンであれば、写真が撮れます、動画が撮れます、と。

能力の幅が広くなれば、それだけ仕事が入りやすくなる。能力に希少価値があれば、単価を上げることもできるだろう。例えばライターができてカメラもできる、となるとインタビューも原稿も撮影もできるようになる。これは発注者に重宝される。さらに、メディカルライターとか、水中カメラマンとかドローンカメラマンとか、何かの専門能力に磨きをかければ単価を高めていけるのではないか。しかし、それらはまだ「仕事を貰う」道だと思う。

これに対し、ライターでもカメラマンでもミュージシャンでも、名前を(場合によっては顔も)出して「作品を売る」ようになると、もう立派な「作家」だ。こうなると、作品が売れれば売れただけ収入が大きくなるので、会社員やフリーランスとは収入の構造がぜんぜん違う。労働によって得られる対価が、足し算ではなく掛け算のように増えていく。作品が10個売れればいくら、100個売れればその十倍、という感じに。つまり印税。

もっともこの考え方は、著作物を生み出す(何かを創る)職種に限られると思うので、例えば商社マンとか工事の現場監督とかが同じような道を辿れるとは思えない。それらは、言わば組織の中で労働の価値を示していく仕事になるから、組織の中で重要なポストを任され、それにつれて収入が増えていく、といった道になるのではないか。

こんな話もある。聞いた話だが、税理士をやりつつダンサーをやっている人がいて、ダンスの仕事では教室で教えてもいる。すると、税理士としての客がダンスの客になり、その逆のパターンもあるのだという。これは「能力を売る」が相乗効果を生んでいる。

またこういう道は、収入を得るスキルが複数あるので、どちらかで少々失敗しても食べていけなくなることはないだろう。これは強い。「作品を売る」作家は人気が落ちれば場合によっては収入がゼロになるので、リターンも大きいがリスクも大きい。だから「能力を売る」の相乗効果を狙う道は、ある意味で最も強いのではないかとも思う。

「昔は良かった」2

大阪・道頓堀の平成の歴史を辿る、面白いドキュメンタリー風のテレビ番組を見た。そこで、ある老舗料理屋の社長が、平成を振り返ってこんなことを言っていた。

昭和は良かったなぁ、と言い続けた30年だった。

おぉ~出た出た「昔は良かった」発言!と私は思った。もっともその社長は、自分は愚かだったと反省の気持ちを込めて言っていたのだが。

私は昭和で十年、平成で三十年生きて、令和から四十歳代を始める人間だが、昔が良かったと思っていた時期はあったがそんなのはたいてい迷妄だと今では思っている。

誰かが、平成を振り返ると、世界は劇的に変わったのに日本はぜんぜん変わらなかったなぁと思う、などと言っていた。それはどうだか私にはよく分からないし、世界にはもっと旧態依然とした人や組織もあるだろうが、いずれにせよ昔は良かったなどと美しい過去を懐かしんでいてはいかんと強く思う。

始まらない人生

佐伯一麦『渡良瀬』(新潮文庫、2015年)を読んで、漠然とだが感じたことがある。人間の中には、「始まらない人生」を生きている人がいて、『渡良瀬』の主人公、ひいてはかつての佐伯自身がそういう人生を生きていたのではないかということだ。

『渡良瀬』は、古河の配電盤工場で働く主人公の、周囲の人びととの関係や過去のできごとが描かれている長篇小説。「海燕」1996年11月号まで連載されたが、「海燕」休刊に際して中断され、大幅な加筆修正を経て2013年12月に岩波書店から単行本で刊行された。私が読んだのは文庫化されたもの。

主人公は元電気工で、小説で賞を取ったことがあり、今は配電盤製作に精出している。小説にはストーリーらしきものはなく、職場・市井の人の来歴や主人公との交流の様子、家族のこと、渡良瀬遊水地をはじめとした周辺の景色がひたすら描写されている。

佐伯一麦私小説を複数、特に初期のものを読んできた人にとっては、佐伯文学の世界が一段と拡張したことを感じられるかも知れない。しかし、佐伯に馴染みのない読者にはかなり退屈な作品だと思う。

佐伯はかねて、「自画像」を描くつもりで私小説を書いていると言っている。これは、「一麦」の名の由来にもなった画家ゴッホが自画像を多く描いたことと無関係ではない。

「自画像」というキーワードで考えると、『渡良瀬』は、なるほど巨大な自画像に見える。工場の仲間たち、近所の住人、焼き鳥屋の女、妻、病を抱える子ども…それぞれの来歴や性格や行為を仔細に描きつつ、自分自身をその関係性の中に浮かび上がらせている。その意味で、この作品はかなりユニークな作り方をしていると言える。

主人公は決して意志的ではない。配電盤製作の技術習得に熱心だったり、子どもの病気をどうにかしたいと悩んだり、小説を書けない状況に悶々としたりするが、新たな行動に移って日常を破ることはない。私小説なんだから地味で当然かもしれないが、地味だろうと俗っぽかろうと、目的を持ったり巻き込まれたりして日常の外へ出て行く私小説はある。そういう意味で、『渡良瀬』は「自画像」そのもののように思える。主人公本人のことはよく分かるが、意志が行動に発展して新たな局面に至ることはない。ストーリーらしきものがないのだ。

私はこの点に、「始まらない人生」とでも言うべきものを漠然とながら感じた。「始まらない人生」とは何かというと、強烈なトラウマ、心の傷を抱えているために、現実生活において積極的に人と関わったり、交渉したりして変革を起こしていくことができない、つまり時間と空間の連続の中での一貫した意志的な行動がない、ということ。

トラウマや心の傷は、本書では詳細には描かれていないのだが、佐伯の過去の私小説を読んだ者としては、過去の作の、幼児期にショッキングな体験をして心の傷を抱えている主人公と本作の主人公が近い存在であるのは分かる。

もっとも作品そのものはそれぞれ別々に成立しているので、作品同士をつなげて考えようとするのは私の勝手な行為に過ぎない。

しかし、「始まらない人生」という概念は、佐伯文学を解く重要なキーワードになる気がする。

「海燕」最終号

福武書店(現ベネッセコーポレーション)の「海燕」は1996年11月号をもって休刊となった。最終号には中村真一郎田中小実昌などの創作のほか、第15回「海燕」新人文学賞の発表などが載っている。

新人賞はシロツグトヨシ「ゲーマーズ・ナイト」と塙仁礼子「揺籃日誌」が同時受賞で、選考委員は黒井千次日野啓三立松和平佐伯一麦島田雅彦の五人。

佐伯一麦は「正念場」という選後評を書いている。その冒頭には、新人賞の応募数と「海燕」の購読者数がほぼ同じで、応募者のほとんどが雑誌を読まず「公募ガイド」などから応募してくる、という話を主催者から聞かされ憮然としたことが紹介されている。

第15回「海燕」新人文学賞の応募数は1785篇なので、当時の「海燕」購読者数は2000に到達していなかっただろう。ちなみにwikipediaの「海燕」を参照すると、「最末期には実売部数よりも新人賞の応募者数のほうが多いと揶揄される状態」とある。

佐伯の呆れと失望はその後も続き、新人賞受賞二作もまったく評価せず「両作ともコミック誌のレベルに負けている」と言っている。

ちなみにシロツグと塙の「受賞のことば」を読むと、シロツグは「どこかで聞いたような小ネタを、どこかで聞いたような言葉で、適当に語ったものです」と自作を紹介し、塙は「拙作を書いた最大の動機は『ダイエット』である」などと書き、ダイエットとは文体のダイエットだと述べている。どうも二人とも自分は本気じゃないという、どこか斜に構えている感じで、これを読んだ後に腰を据えて本篇を読もうという気は私は起きなかった。

さてこの最終号には佐伯による「『渡良瀬』について」がある。「海燕」で連載してきた『渡良瀬』が、全七章の構想のうち現在は第三章を半分過ぎたところだと書き、「海燕」が終わるのに合わせて作品も終わらせるのは有益ではないとし、単行本化を目指して書き継いでいく意志を表明している。

『渡良瀬』はその後、大幅な加筆修正を経て2013年に岩波書店から単行本化されるが、連載中の主人公の名は斎木鮮だったのに対し、修正後は南條拓という名に変わっている。

海燕」編集部からの休刊の挨拶は冒頭に1ページで簡潔に述べられている。時代の変化に対応するため雑誌を休刊にして新たなメディア開発をしていく、といったことが書かれている。

ちなみに、誌名「海燕」はゴーリキー散文詩に由来している、とある。調べてみると、ゴーリキーには「海燕の歌」という詩があり(1901年)、プロレタリア革命の到来を予言した詩であるそうな。

ルーティンワークが生み出すもの

日経新聞5月18日朝刊の読書欄に、経営学者の楠木建「半歩遅れの読書術」が載っている。「破滅型作家が放つ私小説 ルーティンに透ける凄み」というタイトルに惹かれて読んだ。

ここでいう「破滅型作家」とは西村賢太。楠木氏は、読書を通じて「人と人の世の中、とりわけその基底にある論理を知りたい」そうで、読む本はノンフィクションに偏ると言っている。そして小説は、読んでもあまり満足感を覚えないようなのだが、私小説は例外だと言い、現役作家では西村賢太が大好物だと書いている。私は楠木氏のことはよく知らないのだが、ビジネスを専門とする人が私小説西村賢太を読むんだな、と驚いた。

しかし、この記事は西村が好きだ、ということ以外ほとんど何も伝わってこず、氏が冒頭に書いている人と世の中の「基底にある論理」について、西村の私小説から何を知ることができるのかは書かれていない。ここでいう「基底にある論理」とは、恐らく、作家が世界をどう見ているか、つまり哲学のことを言っているのではないかと思うが。

さて、とはいえこの記事にはなるほどと思わせられる部分がある。西村の『一私小説書きの日乗』には西村自身の判で押したようなルーティンな毎日が綴られていて、そこにプロとしての凄みが透けて見える、と言う。「コンスタントに質の高いアウトプットを継続して出す」のが、プロのアマチュアとは違うところだと。

たしかに、物書きに限らず創造的な仕事をしている人の生活は、一種のルーティンワークのようなところがあると思う。一つの仕事が終わったら次へと移り、インプットとアウトプットを継続する。そこに、仕事生活の快楽がある。