杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

「勉強好きな変人」

時田ひさ子『その生きづらさ、「かくれ繊細さん」かもしれません』(フォレスト出版、2020年)を読んでいる。この本でいう「かくれ繊細さん」とは、HSS型HSPという、好奇心旺盛で行動的なのに繊細で傷つきやすい人を指す。著者の時田さん自身、これまでの人生の中で生きづらさを感じることが多く、調べていった結果、自分がHSS型HSPであることを知った人である。

本書の中に「『かくれ繊細さん』と仕事とお金」という章がある。「かくれ繊細さん」が、お金や仕事や職場といった問題をどう捉えればいいかのアドバイスが書かれている。そこでは、「かくれ繊細さん」にとっての娯楽は「興味の赴くままに調べる」や「学ぶ」「情報収集する」といった、知識欲を満たすことであり、それが心の底からの幸せにつながる、と書かれている。

 でも、それって、一般的な観点でいったら「勉強好きな変人」です。だから、かくれ繊細さんが本当に心の底から幸せだと感じることは、ひそかに行うというルールを設ける必要はあるかもしれません。

「勉強好きな変人」という言葉が印象深い。私はこのブログで「好きこそ物の変態なれ」とか書いたことがあるが、変態と呼ぶくらいある物事が好きであることや、変態レベルまで突き詰めていくことは、極端に繊細な感性のなせる業なのではないかと、この本を読んで思った。

サイコパス

TBSのドラマ「ドラゴン桜」が面白かったので、10年以上前の旧シリーズも見ている。先だって最終回を迎えた新シリーズに比べ、東大受験のコツの紹介が多いように感じた。そして、新シリーズよりも面白い。新シリーズは桜木先生がとても「いい先生」に見えたが、旧シリーズでは「冷徹な先生」に見えた。なんとなくだが、サイコパスのように見えて、いいなぁと思ったのだ。

見定めた目的に向かい、感情に振り回されず、冷静に職務を遂行する。桜木先生は元暴走族で、それが窺える個性も見えて人間味があるが、情に流されることはない。

ドラゴン桜」は新旧とも偏差値の低い生徒が集まる学校が舞台だが、その生徒たちは、よく感情に振り回される。それが人間関係などを破壊し、人生をも台無しにしていく。冷徹な桜木先生の指摘によって、生徒たちはそのことに気づく。一時期は桜木先生の元を去ろうとすることもあるが、先生はべつに止めもせずあくまで冷静なままで、生徒はやがて、自分がまた以前のような感情まみれの人生に戻っていこうとしていることに気づくのである。見ていると、情に流されない先生こそ真の愛情の持ち主ではないかと思えてくる。

教師(桜木先生は正確には「教師」ではないが)は一種の聖職者であり、聖職に就く人はサイコパスである必要があるんじゃないか、となんとなく思った。

植村冒険館企画展「冒険家・植村直己 単独行とセルフタイマー」

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先日、板橋区蓮根の植村冒険館に足を運び、企画展「冒険家・植村直己 単独行とセルフタイマー」を見た。植村冒険館は今年、移転リニューアルする予定になっており、この企画展は現在の冒険館での最後の展示になるとのことだった。

植村直己は「単独冒険」という冒険スタイルをとっていたそうで、冒険中の植村自身の写真はセルフタイマーで撮影された。本企画展は、極限の場所で植村が独り占めした風景を、セルフタイマーで撮られた写真を通して楽しむものである。

1978年に北極点に到達した時の写真展示は、植村が使った犬ぞりが再現されており、実際の北極への冒険をわずかながら想像することができ、楽しかった。

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現在の植村冒険館は8月末をもって閉館となり、東板橋体育館と複合化する植村記念加賀スポーツセンターが9月に体育館部分のみ先行オープン。新しい冒険館は12月に完成し、グランドオープンとなるそうだ。行きたい。

佐伯一麦「うなぎや」

文學界」2021年8月号には佐伯一麦の短篇「うなぎや」が載っている。これは連作『アスベストス』の「その四」になる作品で、本作をもって連作は完結という情報がネットに出ている。

作品は半私小説ともいうべきものだが、内容はとてもいい。これは連作タイトルの通り、アスベスト禍にまつわる事象を取材して書いた小説と思われるものの、私は恥ずかしながら『アスベストス』という連作の存在を知らず、「茂崎皓二」という佐伯自身を思わせる主人公の名前も初めて知った。

内容はすばらしい。松谷祐二という、尼崎出身の男がうなぎやの修行をして、独立するところまでいくのだが、身に覚えのないアスベスト吸引が原因とされる中皮腫になり、志半ばで死ぬ。主人公である茂崎は、自らもアスベスト禍に苦しんだ経験があり、それを扱った作品を書く過程で松谷のことを取材する。作品の冒頭と末尾は、茂崎が松谷の店でうなぎを食べようとしていて、その視線の先に大将として働く松谷の姿が映っているのだが、それは茂崎の想像の世界である。

私がすばらしいと感じたのは、松谷という一人の人間の人生が、尼崎という街の歩みとともに、その背景にある日本の経済発展とも重ねて描出されているところである。そのきめ細かさは、佐伯自身がモデル人物を細かく取材したのが窺えるもので、読み応えがある。

この作品の素材を一つひとつ、事実関係を含めて吟味したいところだが、それは時間がかかる。『アスベストス』のその他の作品はもちろん、『石の肺』と併せて読むべきところもあれば、過去の新聞記事などと一緒に読みたいところもあり、興味が尽きない作品である。

ジョーク

本多信一『内向型人間の仕事にはコツがある』(大和出版、1997年)を読んでいて、ハッとさせられる箇所があった。

 内向型は神経質なほどに倫理的で、人の迷惑になるほんのちょっとした罪さえしでかすことはない。内向型はすぐ過敏に反応するが、しかし真実・真理にもっとも早く感応する過敏さである。自分たちの口から出す言葉には慎重となるから、必然的に無口になる。人々を喜ばせるシャレや冗談、ジョークというものが、言えない。(ジョークというものが、どこかで弱い人を傷つけていたり、自分もまた心ない他人のジョークに傷つけられたことがあるから…)

ハッとしたのは後半部分である。

私は昔から、他人から冗談が通じないと笑われたり呆れられたりしていた。一方で、冗談を言って、それで相手を傷つけてしまったことも一度や二度ではないのである。

気の利いたジョークを言える人間になりたい、ユーモアのある人間になりたい、などと考え本で勉強したこともあったが、どうも上手くいかなかった。それはつまり、人を傷つけないジョークを思いつくことが困難だったからじゃないかと思う。

他人が言う冗談で自分が傷ついても、相手はその言葉を冗談で言ったのだということがわかり、傷つけられた怒りをいくらか割り引いてしまう。しかし、自分が冗談を言って相手が傷つくと、私はそれを察知し、とんでもない罪悪を犯したように思ってしまう。

私はもしかしたら、ジョークとは縁遠い人間なのかも知れない…そう思った。自分がジョークを言えないからと言って、「無理して」ジョークを身につけなくても良いと思う。ただし、ジョークは張り詰めた場を和ませたり、傷ついた人を癒やしたりできるはずだ。私はそういうジョークを言う力は身につけたいと今でも思っている。

伝言ゲーム・スタンプラリー・椅子取りゲーム

倉貫義人『管理ゼロで成果はあがる』(技術評論社、2019年)は、著者が、組織で働く個人が楽しく仕事をし、組織として圧倒的な成果を出すために試行錯誤した結果をまとめた本。著者は、ソフトウェアの開発会社・ソニックガーデンの社長であり創業者でもある。

私自身、会社という組織に属して仕事をしていて、管理とか評価とか申請・承認とかについて考える機会がけっこうあるので、興味深く読んだ。

中で、従来の大半の組織の形態であるヒエラルキー構造によって起きる問題について述べている箇所がある。問題は「伝言ゲーム」「スタンプラリー」「椅子取りゲーム」の三つ。

「伝言ゲーム」は、組織の大型化にともなって階層が増え、トップの意向が最下層の社員にきちんと伝わらないこと。「スタンプラリー」は、同じような事情から決裁の階層が深くなった結果、稟議を取ることなどが時間がかかり、良い企画も特徴のない企画にさせられてしまうこと。「椅子取りゲーム」は、昇進のポストが限られているため優秀な社員が出世できず、ひいては会社を去ってしまうこと。

いずれも過去に何度か聞いたことがある、組織というものが抱える問題だと思うが、こういう組織構造は歴史があり、かつてはそれが有効だった、とも書かれている。

本書には、創造的な仕事は管理しない方が生産的になる、と書かれている箇所がある。その通りだと思う。かつては有効だった手段が創造的な仕事をする上では邪魔になるのである。時代は変わってきている。

板橋区立熱帯環境植物館「熱帯の昆虫と食虫植物展」

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板橋区立熱帯環境植物館(グリーンドームねったいかん)で7月13日から8月29日まで開催の特別展「熱帯の昆虫と食虫植物展」を見てきた。

同じ趣旨の展覧会は毎年、開催しているが、ヘラクレスオオカブトやニジイロクワガタが見られるので楽しい。しかしこの昆虫たちは、どこから毎年のように運ばれてくるのだろう。

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