杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

文学と文学同人誌

私は一時期、文学同人誌に参加していたことがある。同人誌活動の一環で、所属する同人誌以外の同人誌の人にもたくさん会った。そんな数多くのいわゆる「同人」の中に、同人誌活動の理想や規則を厳格に貫こうとする人がいた。同人に対し、組織の一員としての意識と行動を強く求めていたし、同人誌に属して作品を書くことで自己を変革できる、などと言い、自分と反りが合わず辞めてしまった人については「自分を変革することを諦めたのだ」などと言っていた。

今思うと、「その人」は、ごく真面目な人だった。一方で自己陶酔家風のところもあり、同人誌活動=自己変革、という高尚な図式を信じ、その営みに従事する自分を偉大な人間だと思っている気配があった。

しかし、自己変革ということを私なりに考えてみると、それは同人誌活動をやるかどうかはそんなに重要ではなく、文学そのものに真摯に取り組むことでしか成し遂げられないだろうと思う。同人誌に参加してはいるものの、同人同士で酒を飲んだり、自作の低劣さは棚に上げて仲間の作品を偉そうに批評したりすることにばかりやりがいを見出しているらしい人は少なくない。同人誌に参加していること自体に意味と価値を感じているのであって、所詮は「その人」と同じような自己陶酔家なのだと思う。

人は徒党を組むと安心感を抱くもので、だから文学同人誌に所属すると「自分は文学をやっている」と安心できるのだろう。著名人のサロンなども似たようなものかな。また、人はそういう場所では党派心を出し、縄張り争いをしたりもするものだ。「その人」もまた、文学への意志よりも徒党を形成したい気持ちの強い人だったのだと思う。

肉体労働と藝術

以前ある先輩から酒の席で、お前もいっちょ土方でもやってみて世間の厳しさを経験しろや、みたいに言われたことがある。サシで飲んでいたのだが、まあ一種のマウンティングだった。その先輩は長いことフリーのライターをやっていて、お金がない時は建設現場でも働いたことがあったらしい。私が、薄給だが会社に勤めていて定収入があったものだから、自力で生きることの大変さを分からせたかったのかも知れない。が、実際のところ私は給料とはいえその先輩よりも収入は少なく、建設現場で働いたこともあったものだから、経験したことありますよ、と言ったら驚いていた。

その先輩は映画学校の先輩なのだが、土方うんぬんと言ったのは、ぶっきらぼうな人たちに囲まれて藝術家気取りや自尊心を踏み潰されろ、というような意味もあったと思う。またそれは、過酷な肉体労働の世界に行ってみないとお前が描こうとしている人間のことは分からないぞ、というお説教でもあったように思う。私は実際に藝術家気取りや自尊心があったので、そう言いたかった気持ちは分かるし、色んな世界を見てみないことには人間のことは見えてこない、というのもその通りだと思う(色んな世界を見れば人間のことが必ず分かるわけではない)。

また一方で、藝術を志す者同士である以上、土方の世界を経験することの先には、そうした体験を元に作品を書く、という道が存在することが暗黙の了解としてあったはずだ。志があってこそ、経験が表現に生かされるのである。佐伯一麦が若い頃、何をしても食っていけると人はよく言うけどそれは嘘で、作家の目を持っているから身を窶していられる、と語っていた。まさにそうだと思う。

困った大人

罪と罰』のラスコーリニコフじゃないが、自分は正しい人間で、世の中の方が間違っているのだから自分は(世間的には)悪いことをやっても良い、と考えている大人がたまにいる。考えているだけじゃなく、実際に悪いことをして問題になっているのだが、不平を言い、なおかつ持論を曲げずに偉そうな顔をしている。

「悪法もまた法なり」が示すように、たとえ良くない決まりごとであっても決まりごとである以上、破れば相応の罰が課せられるのは言うまでもない。悪法だと思い、それに従うことはないと本気で思うなら、その法を正す方向に行動するべきである。法律でなくとも、例えば会社や学校の規則が間違っていると考えるなら、ちゃんと会社や学校に意見を言って変わるよう行動するべきだろう。

しかし私の経験から言うと、そういう人はたいてい、知人や家族に対し持論を展開し、自分がいかに正しいかを主張する。それでいて、上述の通りの取るべき行動は取らず、違反ばかりしている。そして私をはじめ、ちゃんと規則を守っている人間に対し、お前は権力に弱い、反骨精神がない小っちぇえ奴だ、といったことを述べる(実際にそういう言葉を使うのではなくそういう意味のことを言う)。

まぁとにかくアホらしくて相手にしたくないからたいていはスルーする。ときどき反論して気づかせようとするのだが、まず気づくことはない。仕方がない。物事の道理が分からない人はずっと暗闇の人生を歩くしかない。「縁なき衆生は度し難し」である。困るのは、そういう大人の保護下にある子供が同じように育ってしまう恐れがあることだ。

古井由吉『人生の色気』

古井由吉『人生の色気』(新潮社、2009年)を読んでいるが、これは古井からの聞き取りをもとに編集部が文章を構成したもので、佐伯一麦島田雅彦などが聞く側に同席している。全六章あり、第三章「年をとるのはむずかしい」は、佐伯が同席して2008年12月3日に聞き取りが行われた。文章は古井の一人語りになっているが、「電気工」という言葉が出てくる辺りは、佐伯を前に話しているのが分かる。佐伯の名前を出しているところもある。

各章とも、作家の生き方と、その背景にある時代相などを語っている。まだちゃんと読んでいないのでゆっくりちゃんと読みたいのだが、そもそも、どうして対談形式でないのだろう、という疑問がないではない。あるいはインタビュアーとして島田や佐伯を登場させても、それはそれで十分に読み応えが増すだろう。私としては、古井の言葉に後輩の作家たちがどう反応したのかが気になるところでもある。

やめてみる

わたなべぽん『やめてみた。』(幻冬舎、2016年)が面白い。というより、私のような人間にはけっこうためになる。たしか、ビジネス書か自己啓発書の類いをアマゾンで見ていた時に、その本を買った人は他にこんな本を買った、という紹介の中に出てきて、興味を持ったのである。

文字通り、生活の中のあらゆる悪い習慣を「やめてみ」る話(漫画)で、結果として精神的に解放されて生活が楽しくなる、というもの。良くない習慣一つをやめる過程に短篇一回を費やしており、オムニバス形式なのだが一回ずつがつながっている。

やめるのは、どうしても続けなくてはならないことではないのに自身のこだわりや癖ゆえに続けてしまっていたことで、それでストレスが溜まったり、忙しくなったり、体調を悪くすることにもなってしまったりしている。テレビ、スマホ、掃除、メイク(主人公は女性)などの他、振り回されて疲れてしまう友人との関係も描かれている。

この主人公は漫画家の分身だが、どちらかというと、生活にも人生にもそんなにこだわりが強くない、受け身型の大人しい人なのだと思う(そういうキャラ設定にしているのかも知れないが)。いずれにせよ、どうしても続けたい、夢中になるくらい好きなことでない限りは、生活の中でほどほどにやっていれば良いはずで、だいたいこだわりや癖などというのはそういうものだろう。私も、人間関係や生活習慣のこだわりをずいぶんやめたが、それで困ったことはあまり無い。

こうまであれもこれもやめてしまったら、人はいずれ仏陀のようになってしまうのではないかと思うが、やめると創造的になれるというメリットもある。どうしてもやめられないならやめなくても良いのだろうが、続けていて苦しいならやめない理由もない。まぁその人次第か。

映画『星の子』を観た。

芦田愛菜主演の映画『星の子』を観た。私は『こちらあみ子』を読んで、今村夏子はすごいと思っていたので、この原作も読もうと思っていたし、映画も観たいと思った。

芦田愛菜演じる主人公・ちひろの家族は、ちひろが小さな頃から新興宗教に入っている。病弱だったちひろを救いたい一心で、宇宙の力を封じ込めたらしい水を売る宗教に入って、ハマっていったのである。

物語は主にちひろの中学三年の期間を描くが、ちひろはイケメン好き、中でもエドワード・ファーロングが好きで、新任のイケメン数学教師の授業では教師とファーロングを重ねて、ノートにイケメンの絵を描いている。このようにちょっと変わったところがあるが、両親が洗脳されていることは気づいている(私にはそう見えた)。しかし、家を出ていった姉、ちひろの母やちひろを宗教から離脱させようとする伯父と違い、ちひろは両親を受け止め、普通に暮らしている。ところが、ある夜、同級生たちと一緒に数学教師の車に乗せられ下校するのだが、両親が家の近くで頭に水をかける儀式をやっているところを皆で見てしまい…

原作はまだ読んでいないのだが、『こちらあみ子』と近いところがあるとすれば、風変わりな環境に生きていながら、それでもわりと(本人としては)普通に生きている主人公が、世の偏見に傷つけられてしまう、というところではないかと思う。『こちらあみ子』はクライマックスが凄惨だったが、こちらは、少なくとも映画はそれほど酷くない。原作も読まねば、と思っているところである。

舞台は地方都市のようだが、どこだか分からなかった。ちひろの母がつけている日記も映るが、細かく見なかったので年代は分からなかった。ただし、エドワード・ファーロングの名前が出てくるあたり、現在とは言い難いと思った。ファーロングといえば『ターミネーター2』で、私の世代である。ちなみに今村夏子は1980年生まれで私と同世代である。

植村冒険館「エベレスト50」

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冒険家の植村直己は、43歳で遭難するまでの約15年間、板橋区に住んでいた。板橋区には、植村の活動を伝える装備品や写真、冒険に関する本の貸し出し、自然体験の事業の主催などをする「植村冒険館」がある。2021年には東板橋体育館と複合化してリニューアルオープンするらしく、蓮根にある今の冒険館はもう少しで見られなくなってしまう。

現在は、植村が日本人として初めてエベレストに登頂してから50年を迎えるのを記念した企画展「エベレスト50」が開催されている(12月6日まで)。

植村が山頂で撮影した写真や、登頂前日の1970年5月10日に最終キャンプ・第6キャンプ(8530m)で使ったテントの複製が設置されていて、面白かった。テントは思いのほか小さく、ここに二人(植村、松浦輝夫)で泊まったというのだから驚きである。「エベレスト山頂からのながめ」では、植村と松浦の写真が等身大ほどの大きさのパネルが飾られていた。

小さな展示だったが、楽しめた。

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最終キャンプのテント(複製)。ここに二人で泊まったとは…

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エベレスト山頂からのながめ