杉本純のブログ

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バルザック『あら皮』

バルザックの長篇小説『あら皮』(小倉孝誠訳、藤原書店、2000年)を読みました。

私はバルザック作品を不定期で一作ずつ読んでいます。バルザックの代表作である本作のことは、何年も前に霧生和夫『バルザック』(中公新書、1978年)で知って以来、ずっと読みたいと思っていましたが、今回やっと読むことができました。

本記事では、『あら皮』を紹介しつつ、本作を現代的な感覚で読んだ感想などをつらつらと書きます。

バルザックの自伝的作品にして初の成功作

長篇『あら皮』は、1831年に刊行されました。バルザックはそれ以前にも小説を発表していましたが、実名で出版したのは1929年刊行の『ふくろう党』が最初であり、名のオノレと姓のバルザックの間に「ド」をはさんでオノレ・ド・バルザックとして発表した最初の作品がこの『あら皮』なのだそうです。

霧生和夫『バルザック』によると、本作は初版刊行の3週間後には再版の契約が結ばれたとのことで、バルザックの最初の成功作となったようです。

本作の主人公はラファエル・ド・ヴァランタンという下級貴族ですが、ラファエルは作者バルザックの分身といわれており、下宿の屋根裏部屋で貧乏生活を送りながら『意志論』という哲学論文を書いたことなどからも、バルザックの実人生と重なる部分があります。つまり、『あら皮』はバルザックの自伝的作品…ないし自伝的要素を持った長篇小説といえるでしょう。

『あら皮』あらすじ

『あら皮』は全三部構成の長篇小説ですが、第一部と第二部が時間にして一日足らずであるのに対し、第三部は半年もの期間のことを描いています。ざっと以下のような内容です。

護符(第一部)

青年貴族ラファエルは、人生に絶望して自殺しようとしますが、立ち寄った骨董屋の老主人から、商品の一つである「あら皮」を受け取ります。このあら皮は、オナガーというロバの一種のなめし皮で、裏にはサンスクリット語(実際の文字はアラビア語らしい)で、あら皮は所有者の望みを何でも叶えるが、叶えるごとに皮は縮まっていき、それと共に所有者の命も縮まる、といった主旨の文章が刻み込まれています。

なお「あら皮」は漢字で書くと「麤皮」で、東京や神戸にそういう名前のステーキ店があるようですね。

あら皮を手に入れたラファエルは、骨董屋を出た直後、友人に出くわしターユフェールという銀行家の宴会に誘われます。盛大な宴会に出たいという自分の願いの一つがさっそく実現し、驚きます。そして宴会でエミールという友人に会い、自分の過去を語り始めます。

なお銀行家ターユフェールは元医学生で、かつて殺人を犯したことのある人物です。殺人の経緯は短篇「赤い宿屋」に書かれているのですが、『あら皮』では触れられません。知っている読者のみが「人間喜劇」の奥深い世界を味わえます。

つれない女(第二部)

ラファエルは早くに母を亡くし、厳しい父に育てられました。その父の死後、下宿屋の屋根裏部屋を安く借り、貧乏生活をしながら『意志論』という論文めいた書物を著します。下宿屋の主人にはポーリーヌという娘がいて、ポーリーヌはラファエルを慕い、精神的な支えにもなってくれます。

その後、ラファエルはラスティニャックという男と出会い、社交界の花形であるフェドラという伯爵夫人を紹介されます。このフェドラがかなりの曲者で、常に態度がはっきりとせず、ピュアなラファエルを心を翻弄してしまいます。ラファエルはフェドラに振り回されたあげく憔悴し、浪費や放蕩をしたのち、絶望して自殺を思い立ったのです。これが小説の冒頭にあたる箇所です。

宴会が終わった翌朝、ラファエルは伯父の莫大な財産を相続することになります。しかし、あら皮は縮まってしまい、ラファエルの命も残りわずかであることを示していました。

死の苦悶(第三部)

ラファエルは裕福になったものの、何か願えばあら皮と共に寿命が縮むの恐れ、世間と隔絶してジョナタースという老従僕と静かに暮らしていました。

その後、劇場で再会したポーリーヌと暮らすようになり、幸福な時間を過ごしますが、あら皮は縮み続けます。ラファエルはあら皮の縮小を食い止めようと、高名な科学者に依頼します。しかしどの分野の学者にもあら皮の解明や縮小の阻止はできません。衰弱したラファエルは医師の勧めに従い、温泉地に行って療養に努めることになります。

オーヴェルニュ地方の温泉地の情景はまことに美しく描写されており、この世の楽園を思わせます。ラファエルはこの地で夢を見ているような気分で過ごすが、健康状態は回復しません。

その後パリに戻り、ポーリーヌと再会すると、ラファエルは激しくポーリーヌを求めますが、これが最後の欲望となり、ついに息絶えます。

だいぶ端折りましたが、おおむねこのようなストーリーです。

ラファエルは今でいう「こじらせ」か

『あら皮』は、魔術的な力を秘めた「あら皮」を手に入れ、その力でさまざまな欲望を成就させるものの、それと引き換えに残りの命を奪われるという、「悪魔に魂を売り渡す」式の、昔話風のエンタメ小説になると思います。しかし実際は、富、地位、愛などを得て、つまり「人生に勝利することに渇望した才能ある青年が、ついに不遇なまま人生を終えることになるという、一種の悲劇ではないかと私は思います。

この小説は、現代的な感覚で読むこともできる気がします。

まず、自分の才能を信じ、貧乏に耐え、『意志論』という哲学的論文を書くラファエルは、今でいう「こじらせ」ではないでしょうか。

幼時から愛に飢え、何者かになりたいと強く願い、極端ともいえる禁欲と勉学を自らに課し、悶え苦しみながら、地位、富、愛やアイデンティティの確立をも成就させるはずの大勝負に賭けるのです。その背後には数えきれないほど蓄積した憤懣があるはずで、ラファエルのこういう姿は、こじらせワナビに通じるものがあるように思います。

この、こじれにこじれまくった欲望や観念は、きれいに解きほぐせないこともなかっただろうと私は思います。しかし、まぁ…あら皮に手を出した時点でラファエルの運命は決まっていたわけで、最後は非業の死を遂げる方が小説としても面白いのは確かですね。

もう一つ。社交界の人気者でラファエルを曖昧な態度で翻弄するフェドラは、いわば「ツンデレ」で、デレの面は描かれていませんが、恐らくそんな女なんだろうと思います。

これは単なる想像ですが、フェドラは自分に何でも尽くしてくれる男を求めて社交界をさまよう寂しい女で、資産のポートフォリオでもつくるかのように、何人もの男を自分の信者として保有することばかり考えている気がします。恐らくフェドラには自分の考えなどなく、社交界でマウンティングできるポジションを獲得することを習慣のようにして生きているのではないでしょうか。

ラファエルは、そういうフェドラに振り回された、ピュアで、愚かで残念な青年の一人だったわけです。まぁ、小説的にお誂え向きといえばそうなのでしょう。

解説がありがたい

読んでいる最中、私は本作にやや不満を感じていました。この小説の文章はあまりに思弁的かつ抽象的で、ストーリーの進行は辛うじてわかるものの「起伏」の方はかなり捉えにくくなっているからです。

そういう部分がこの作品の「古さ」なのかと思ったものですが、不思議なことに、読後感は重厚かつ充実していました。

本書の巻末で宗教人類学者の植島啓司とフランス文学者の山田登世子が対談しており、植島が「最初のニ、三頁を読んでやめようかと思いました。(中略)でも、結局のところ、すごくおもしろかったですよ」とか、「こういう迷路に入り組んだような文体というのは、三十年ぶりぐらいに読んだ気がします。ただ読みはじめの抵抗感とは裏腹に、読みはじめたら、非常におもしろく読めました」と言っているのですが、まさにそんな感じでしたね。

ただしそれは、訳者の小倉孝誠による解説のおかげかもしれません。解説を読み、ストーリーの構造や作者の意図、読む上でのポイントなども整理されたことで、読後感がずっしりとしたものになったように思います。

やはり、私のような素人が古典的作品に素手で立ち向かうのは賢明とはいえません。解説という道案内があればこそ、作品世界を深く味わえるのでしょう。

板橋区立郷土資料館特別展「いたばしの富士山信仰―富士講用具と旅した人びと―」

富士講」に関する資料を多数展示

板橋区立郷土資料館に行き、特別展「いたばしの富士山信仰―富士講用具と旅した人びと―」を見ました。

富士山信仰とは、言葉の通り、富士山を信仰の対象とし、崇拝し、参詣することなどを指します。山岳信仰の一種で、江戸時代から昭和時代まで、庶民の間で行われていたといいます。富士山信仰をする庶民の集団を「富士講」といい、江戸時代後期には「江戸八百八講」といわれるほど多くの富士講が江戸近郊にあったのだそうです。

今回の企画展は、富士山信仰そのものを紹介しつつ、板橋区内にあった富士講で使われていた道具などを展示していました。昭和時代まで民衆の間で行われいたこともあって、多くの資料が残っており、関係者の写真もあって、活動の様子が窺えました。面白く、かつ勉強にもなりました。

庶民が実践した信仰の形

富士山信仰は、長谷川角行(かくぎょう)という人が江戸時代の初期に教義化し、その教えを継いだ食行身禄(じきぎょうみろく)が富士山の烏帽子岩に入定(にゅうじょう)をした後、富士講が興隆して庶民に広まっていったのだそうです。入定とは、苦行の果てに死んでミイラ化するのを指すとのこと。

板橋区にはかつて「永田講」「山万講」「丸吉講」といった富士講があり、区内各地に富士山を模した「富士塚(ふじづか)」が築造されました。富士講は現在は残っておらず、富士塚も今では利用者はいませんが、江戸から昭和にかけて庶民の間にそういう形の信仰があり、実践されていたというのは興味深いですね。

中でも私は、板橋区の赤塚地域にあった丸吉講を前身とする「東京成増宝元講」の先達(講のリーダー的役割)を務めた田中善吉という人が面白いと感じました。田中は成増3丁目で豆腐屋を営んでいた人ですが、熱心な宗教家であり、自宅に浅間神社(富士山信仰の神社)を建立したのだそうです。すごい人ですね。ふと、この人に関する小説を書いてみたいなぁと思いました。

ちなみに、板橋区内の富士講のことは以前このブログでもブログでも書きました。その記事は、芥川賞作家の黒田夏子の「山もどき」という作品が富士塚に関する内容だったことに絡めて書いたもので、自分の家の近くにも富士塚があることを書きました。

東京の変貌を物語る特別展

今回特別展を見て、板橋の富士山信仰が昭和まで続いていたのを知りましたが、私は地元の知人から富士山信仰について聞いたことはありません。元より知人には板橋出身者がそう多くないし、板橋出身者ですら富士山信仰を知っている人は少ないのでは?と想像します。

つまり今回の特別展は、ある意味では東京という街が近代から現代にかけて大きく変貌したことを物語っている気がします。

板橋区立熱帯環境植物館「熱帯雨林ボルネオ生命の森 -阿部雄介写真展-」

命の饗宴

板橋区立熱帯環境植物館(グリーンドームねったいかん)に行き、開催中の企画展「熱帯雨林ボルネオ生命の森 -阿部雄介写真展-」を見ました。

阿部雄介さんは、ライフワークで熱帯林や野生動物を撮影しているフォトグラファーです。阿部さんの写真は、以前もグリーンドームねったいかんで展示されたことがありました。

今回の写真展もよかったです。私は写真のプロではないし、ボルネオに詳しいわけでもありませんが、生命の力とか尊さとかを写真を通して感じられたような気がします。

熱帯林に生きる動物、虫、花、樹木の多様さと力強さ、そして恐らく生き残るための戦略でもあるのだろう、華やかさと美しさ。月並みな表現ながら、まさに命の饗宴といった感じを受けますね(褒めすぎ)。

写真展は2月25日(日)まで。興味のある方はぜひ見てみてください。

学生以来、海外には憧れだけを募らせてほとんど現地に行ったことはなかったですが、やっぱり行きたいなぁ。ボルネオ行きたい。二十代の頃に行けばアクティブに色んなところを回れたでしょうけど、今だからこそ感じられることも多いと思います。

「私小説家とは何か?」

私小説家=正直な人?

日本文藝家協会編『新茶とアカシア』(光村図書出版、2001年)を、拾い読みしました。

本書はおかしなタイトルですが、2001年に発表されたエッセイの中から優れたものを日本文藝家協会が選りすぐったもの。著者は、阿川弘之金重明、岩橋邦枝、高橋昌男、嵐山光三郎古山高麗雄坂上弘庄野潤三吉川潮別役実司修、高田宏、山崎正和、山本道子、小林恭二松本健一清水邦夫佐伯一麦大岡信有吉玉青、又吉栄喜原田康子養老孟司野田秀樹三浦哲郎水木しげる川西政明、大庭みな子、石毛直道中野孝次リービ英雄、増田みず子、原研哉阿部牧郎古井由吉、なだいなだ、川村湊林京子白石一郎佐々木幹郎落合恵子、小川国夫、池内紀藤森照信平出隆新井満津島佑子安岡章太郎石牟礼道子、南条範夫、野見山暁治横尾忠則桃井かおり日高敏隆、馬場あき子、富岡多恵子外岡秀俊松山巌島田歌穂黒井千次竹西寛子小沢昭一内館牧子新藤兼人清水哲男木下順二、秋山駿、E・G・サイデンステッカー、北杜夫川上弘美三木卓

なお書名の『新茶とアカシア』は、三木卓のエッセイのタイトルから取ったもののようです。

私が読んだものの一つが秋山駿の「私小説の力」というものですが、これがわりあい面白かったです。

私小説の力」は日経新聞11月19日に掲載されたもので、秋山が、重信房子の高校時代の文章を読む機会があった、というエピソードから始まっています。

重信の、日本赤軍リーダーとしての行為よりも、高校時代の文章に表れている素直さに、秋山は感銘を受けています。そして、こういう素直な心の持ち主が赤軍リーダーになるまでには、人としての「志」が動力になって進んでいったのだろうと推測しています。

しかし秋山は犯罪に走ることは善しとしておらず、志を立てて進む動力には、進もうとする力を抑制する力、忍耐も必要だと述べています。そして、「我田引水になるが、文学とは、志を樹(た)てて、そして忍耐の道を往くものだ」と書いています。

 すこし前に、青森県近代文学館で三浦哲郎の文学をめぐる催しがあり、私も三浦文学の魅力を話しに行った。
 三浦哲郎は、私小説家である。では、私小説家とは何か?
 小林秀雄がある対談で正宗白鳥について語ったとき――私小説家の意味については、もう一度考え直した方がいいな、私小説家は「正直な人である」というのがいい定義ではないか、といっているが、私も同感である。

その上で、私小説家には「凄さ」があると述べ、「正直な人として生きるために必要とした、おびただしい『忍耐』の凄さである」と書いています。

エッセイは、林京子野間文芸賞受賞作『長い時間をかけた人間の経験』や、自分が勤務している女子大の学生とのエピソードなどに触れ、21世紀には前例のない文章が出現することを期待しているところで終わります。

この後半はともかく、重信房子のことから「私小説家とは何か?」という問いに持っていく流れは見事だと思いました。

また、私小説家は正直な人、という小林秀雄の見解に同意しているところ、正直な人であるためにすごい忍耐を必要とする、というところは、私自身も、たしかにそうだ、と思いました。

私小説家=正直な人。かなり大雑把な括り方で、私小説家以外にも正直者はいるだろうとも思いますが、的を射ているといえるのではないでしょうか。まぁ…どうとでも解釈できそうというか、分かっているのかいないのかよく分からない、いかにも小林秀雄が言いそうな言葉ではありますがね。

映画『ユージュアル・サスペクツ』を観た。

母が絶賛した映画

1995年のアメリカ映画『ユージュアル・サスペクツ』を観ました。

監督はブライアン・シンガー、脚本はクリストファー・マッカリーです。いずれも、知りません。

出演はガブリエル・バーン、スティーヴン・ボールドウィンベニチオ・デル・トロ、ケヴィン・ポラック、ケヴィン・スペイシーなど。ケヴィン・スペイシーはこの映画でアカデミー賞助演男優賞を受賞しました。

この映画、かねてタイトルは知っていて、観たいと思っていましたが長らく観る機会がありませんでした。私には、そういう映画が多いのです…。

どうしてタイトルを知っていたのかというと、母親がたしか日本公開時に観て、絶賛していたからです。また、映画学校でも数度タイトルを耳にしたような気がします。恐らく、サスペンス映画の名作として知られていたのではないかと思います。

この年末年始、ちょっと時間に余裕があったので映画でも観ようかと思い、DVDレンタル屋をウロウロしていたら見つけたので、観ることにしました。

ユージュアル・サスペクツ』あらすじ

「カイザー・ソゼ」という、マンガにでも出てきそうな伝説の悪党(ギャング)がいて、そのソゼと仲間が行った犯罪の一部始終を描いたエンタメ作品です。一連の事件で唯一、無傷で生き残った、手足に障害があるキントという名の男が警察の取り調べを受けて語る話に沿って映画が進行するという、ちょっと凝った作りになっています。

キントには前科があり、映画のメインエピソードであるソゼの犯罪計画が行われる前、別の事件の容疑者として警察に連れてこられます。警察署にはキントの他にも四人の前科者が集められ、事件の関係者に犯人を見分けさせる「面通し」が行われました。計五人の前科者は、容疑者としていつも名が挙がる人物(ユージュアル・サスペクツ)であり、これが映画の題名の由来になっています。

その後、五人はいわば犯罪グループとなり、やがて大きな事件に巻き込まれていき、キントを除く全員が死亡。キントはその経緯をひととおり供述した後、警察署を後にします。

取り調べをした刑事は、すでに警察署を去ったキントの供述がどうやらデタラメだったらしいことを察知し、慌ててキントを追いますが、キントは見つかりません。

事件にはもう一人、生き残った男がいました。この男はソゼの顔を見ていましたが、大傷を負って病院に搬送。警察は、この男の証言を基にソゼの似顔絵が描いていました。

キントが警察署を去ったのとほぼ同じ頃、似顔絵が警察署にファックスで届けられます。描かれていたのは、キントのような顔でした。

つまり、このキントがソゼであり、警察の取り調べを上手くすり抜ける供述をして、身柄拘束を解かれて逃げきったのです。

シナリオと演技が巧み

要するに悪人が正義側の警察を出し抜く話で、ある意味では痛快な作品です。かつてソゼはギャング同士の抗争の過程で自分の妻子を殺したことがあるらしい、胸糞系の極悪人です。私としては最後に警察に撃たれてほしかったですが、まぁ悪人が勝者になるストーリーも、エンタメとして面白いといえば面白いです。

シナリオは回想を巧みに織り交ぜています。上手い。悪役が勝つ話としては『オーシャンズ8』と同じですが、あれよりよっぽど面白かったですね。

あと、ケヴィン・スペイシーが演技が上手い。スペイシーといえば『アメリカン・ビューティー』『セブン』『L.A.コンフィデンシャル』などが懐かしいですが、最近はぜんぜん観ていません。

三人称 鉄塔(賽助)『手持ちのカードで(なんとか)生きてます。』

著者は同年

三人称 鉄塔(賽助)の『手持ちのカードで(なんとか)生きてます。』(河出書房新社、2023年)を読みました。

本書は言わばエッセイですが、通常のエッセイとは違います。河出書房新社の「14歳の世渡り術」シリーズの一冊で、いうなれば中学生の男女に向けた人生指南書のようなコンセプトなのでしょう。世の中を斜めに見たり批判したりするような「毒」はありません。

とはいえ、著者が私と同年ということもあり、また同じく元小説家ワナビでもあって(私は「元」ではありませんが)、しかもどうやらこじらせていたらしい形跡も読み取れて(私は過去形ではありませんが)、読んでいていろいろと考えさせられました。

なお「14歳の世渡り術」シリーズは三人称 鉄塔(賽助)の他に、雨宮処凛橘木俊詔石原千秋永江朗などが書いています。

ひきこもりからゲーム配信者、小説家へ

著者は、「三人称 鉄塔」という名前でゲーム配信者として活動し、「賽助」という名前で小説家として活動しています。小説は『はるなつふゆと七福神』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年)、『君と夏が、鉄塔の上』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018年)の二冊を出しているので、次は小説を読んでみたいと思います。

さて、本書は44歳の鉄塔さんの自伝的エッセイともいうべきものです。鉄塔さんが子供の頃から抱いていた欲求は「目立ちたい」で、演劇部に入ったり大学卒業後に就職せずコント活動をしたりします。しかし、周囲の人は活動が少しずつ広がっていくものの鉄塔さんは広がらず、やがてひきこもりになります。

この、ひきこもりになる辺りから、ゲーム配信者と小説家になる道が始まったようです。ちなみに鉄塔さんは埼玉県出身で、玉川大学芸術学部を卒業後はフリーターなどをしながら夢を追いかけていましたが、実家に住んでいたので、即座に危機的状況になる可能性は低かっただろうと思います。

ニコニコ動画でゲーム実況を知り、自身も動画投稿を始めたのが2009年頃。その後、のちに一緒に「三人称」を結成する仲間たちと出会い、2011年に「三人称」を結成しました。小説はその間ずっと書き続けていたようで、『はるなつふゆと七福神』が第1回「本のサナギ賞」を受賞したのが2014年です。

それに比べて俺は…

こうして時系列を整理してみて感じるのは、一種の「悔恨」です。鉄塔さんが人生を切り開いていった2009年頃から2014年までの間、俺はずっと会社員としてライターをやったものの、肝心の物書きとしての人生は切り開けなかったのだ、と。とはいえ、過去を悔やんだって仕方がないことくらい私もわかっているので、この悔恨の気持ちはそんなに深く胸に食い込んでくるわけではありません。

とはいえ、本書の冒頭にある、鉄塔さんの年表とともに流れている「メンタルバロメーター」が、2009年辺りを「UNHAPPY」の底辺としてそこから2014年辺りまで上昇し続け、以降現在に至るまで「HAPPY」の高い位置をキープしているのを見ると、それに比べて俺は…と、暗澹たる思いがしないではありません。

私のメンタルバロメーターを振り返ると、恐らく2008年くらいまでが底辺で、そこは鉄塔さんと似ているかもしれません。2009年以降は、普通の生活は維持できていましたが…まぁ、いろいろ辛いことがありました。HAPPYの方へ上っていったという実感は、残念ながらないですね。それどころか、UNHAPPYの方へ下がったと思うことが多々ありました。

手持ちのカードで勝負するしかない

「経験は、いずれ必ず生きてくる」と、鉄塔さんは書いています。この言葉が真実なら、私のメンタルバロメーターが低かった時期の経験は、今後生きてくるのでしょう。いや、私自身すでに、辛かった時期があったから小さな幸運を喜べるようになったと思っていますし、いかなる経験も書き物や表現に生かせるものだと、体験を通じて感じています。しかし、払った分を取り返したとはぜんぜん思いませんね。

さて。私の辛かった経験は、今後人生を盛り返していく力になるのでしょうか。恐らくそれは、私自身の選択と努力によって左右される気がします。

本書には、スヌーピーの言葉“You play with the cards you're dealt”(与えられたカードで勝負するしかないんだ)に鉄塔さんが感銘を受けたことが書かれています。

不思議なことに、私はここ数年でこの言葉に数度遭遇しています。ライターとしてインタビューした中にこの言葉を座右の銘にしている人が数人いましたし、今回はこの本で見ました。

私もこの言葉に感銘を受けました。過去の経験を小説などに生かすには、過去の経験という「配られたカード」で勝負するしかないのでしょう。私のメンタルバロメーターが思うように向上しなかった理由の一つは、手持ちのカードが気に食わず、もっといいカードが回ってこないかと期待してばかりいたことだと思います。

「足るを知る」とか、スケールの小さなことを言うつもりはなく、高みを目指して貪欲に行きたいものですが、手持ちのカードを嘆いても仕方ない、手持ちのカードで勝負するしかない、これは真実ではないかと思っています。

不思議な親近感

本書は、鉄塔さんが同年ということもあってか、感銘を受けたというよりは、共感するところが多かったですね。

また同年というだけでなく、鉄塔さんには気質の部分でも親近感を抱きました。鉄塔さんは恐らく、いわゆる「HSS型HSP」の気質の持ち主ではないかと思うところがあり、また前述のとおり「こじらせ」だったところなどにも、自分と近いものを感じます。

島本理生『夏の裁断』

書き下ろしの短篇を含む文庫オリジナル

島本理生の小説集『夏の裁断』(文春文庫、2018年)を読みました。本書の最初に収録されている「夏の裁断」の感想はこのブログの一つ前の記事で書きましたが、本書には同作の後日談となる書き下ろしの短篇「秋の通り雨」「冬の沈黙」「春の結論」が収録されています。「夏の裁断」に関連がありながら、同作の単行本には入っていない書き下ろし三篇が読めるこの文庫は魅力ある一冊といえるでしょう。

というわけで、「夏の裁断」の感想は一つ前の記事に書きましたが、この記事では書き下ろしの三篇を含む全体の感想を書きたいと思います。

以下、ネタバレを含む内容になっているので、未読の方は承知の上でお読みください。

萱野千紘の再生物語

小説集『夏の裁断』は一言で言うなら、女性作家である主人公・萱野千紘が柴田という男性編集者との関係に深く傷つき、その後再生する過程を描いた小説集です。

「夏の裁断」

最初の「夏の裁断」は、柴田との関係で傷つく過程が描かれた中篇です。この作品のことは前回書きましたので詳細は省きますが、主人公の千紘が、女を翻弄せずにはいられないといった性格の、人格障害があるのではないかと思わせる編集者・柴田の身勝手な言動に消耗する話です。本作は恐らく島本理生私小説ですが、抗いがたい、柴田の引力のような力に千紘が翻弄されて苦しむ姿は、男女関係の辛さの本質を抉り出しており、重い読後感があります。しかし、これが文学というものではないかと私は思います。

「秋の通り雨」

二作目の「秋の通り雨」は、柴田との関係を断ったものの、傷が完全には癒えていない千紘が、いくたりかの男と逢瀬をして、その一人である清野(せいの)との関係を深めていく話。舞台は「夏の裁断」と同様、千紘の死んだ祖父の家がある鎌倉で、清野とは焼き鳥屋で会い、千紘はその日のうちに清野とセックスをします。

清野はスーツ姿で登場し、明らかに会社員なのですが、詳しい素性はおろか、どんな仕事なのかもよく分かりません。外見は少年っぽさを残しているものの、詳細には描写されておらず、印象は薄い。正直に言って、小説の登場人物、なかんづくキーパーソンとしての魅力は感じられません。

千紘は、付き合いはしませんが、清野と何度も会います。清野は、外見や中身だけでなく、話す内容も分かりづらい人物です。「もともと愛とか恋とか、そういうのはあまり必要としていない人間なんだと思います」などと言い、千紘に対する思いを明確に示すこともありません。千紘によく連絡をし、何度も会ってセックスもしますが、それ以上の関係にはならないのです。とはいえ、単に体目当てというわけでもなく、優しくもしてくれます。ある意味では柴田のような身勝手な男ですが、千紘は柴田のように消耗させられることはなく、不思議な温かさを感じます。

そして、柴田との辛い思い出を忘れていたことに気づいた千紘は、東京に戻ろうと決心をします。

「秋の通り雨」は、清野との逢瀬が淡々とした筆致で描かれていて、それがわりあい平和なものであることもあり、「夏の裁断」ほどのインパクトはありません。

「冬の沈黙」

三作目の「冬の沈黙」は、東京に引っ越した千紘が、清野と別れようと決心するまでを描いています。

東京に移った千紘は、作家業を再開し、以前に肉体関係があった男と会って話したり(セックスはしない)、柴田との関係に悩んでいた頃に相談していた教授に会ったりします。

もちろん清野とも会いますが、清野とのどっちつかずの関係に耐えられなくなり、「私、もう、きついです」と言って、もう一歩踏み込んだ関係になろうとします。そうとは書かれていませんが、平たく言えば、きちんと付き合いたい、という要求をするのです。

清野は、またもや曖昧な返答をして、踏み込もうとする千紘を拒絶して千紘の家から去ってしまいます。千紘は泣きじゃくり、清野に心の中で別れを告げます。

「冬の沈黙」はごく短い作品ながら、清野との別れを決心するあたりで、千紘は前進しながらもまた不幸になるのか、といった思いをさせられるところが印象的です。

私は、けっきょく男女の関係というのは平等とか公平とか言うことなどできず、傷つけ、傷つけられることの繰り返しなのかな、と思いました。

「春の結論」

最後の「春の結論」は、千紘が清野とけっきょく別れず、曖昧なところを残しながらも関係を継続することにする過程が描かれた話です。

千紘は出版社の五十周年の企画で東アジアの国を舞台にした小説を書くことになり、現地に滞在するため英会話を習うなどの準備をします。

ここで一つ印象的だったのは、千紘が英会話の教師であるアレシアから「あなたは喋っているときに考え込むくせがある」と言われ、短くてもいいから言葉のキャッチボールをするよう指摘されるところです。特に印象に残る場面ではありませんが、私は、こういうところに千紘の心の傷や作家らしい気質が表されているのではないかと思いました。

清野はしばらく出てこず、千紘は、ある行動に出ます。過去に千紘に性暴力を振るった磯和という男に会いに、地方の街に行くのです。「真珠で有名な海辺の町」とあるので、鳥羽かなと私は思いました。

千紘は、磯和がいるダイニングバーに行き、店員の母娘がいる前で、磯和の過去の行為を曝露します。これは千紘にとっては決死の行動でしたが、認めさせ謝罪させるといった展開にはならず、千紘は曝露だけして店を出ます。

その後、清野に連絡を取って会いますが、磯和とのことを話したりはしません。逆に、清野には「私の中にかたく守られた領域があることに対する、礼儀正しさ」があることに気づきます。清野とはいつか別れるかもしれないけれど、それは今ではないと思うに至ります。別れずに済んだわけです。

後日、清野に誘われ、ある建物の解体現場に行きます。詳しくは書かれていませんが、どうやら清野は孤児院か何かを思わせる「施設」の「卒園生」であることが分かります。そこのOBとして、今は仕事以外の時間にボランティアとして働いているらしい。

このくだりは、これまで分からなかった清野の素性がわずかに明かされる場面です。清野が自分の内部を千紘に明かしたという意味を持つので、二人の仲は一段深まったと解釈できます。

最後は、千紘が小説の仕事のために日本を発つ場面です。新たな人生の門出のように描かれており、全篇を通して最も明るい箇所になっています。

傷つけ合い、痛みを抱えて生きていく

先に「萱野千紘の再生物語」と書きましたが、本作は決してハッピーエンドではありません。いや、ハッピーエンドと言えるのかもしれませんが、その後ろには癒えていない傷があまりに多くあり、今後いつその傷がまた開かれるかも分からないという不安を感じさせます。

傷を抱えているのは清野も同じであり、さらに深く考えると、柴田だって抱えているのかも知れません。

けっきょく、人間というのはいつでもどこでも傷つけ合い、その痛みを抱えて生きるのです。『夏の裁断』は広く読まれるべき小説だと思います。