杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

疲労と「悲愴」

このところ脳疲れと目疲れがひどく、時間があれば休みの日はゆっくり昼寝でもしたいと思っているのだが、どうもそうはいかない。公私ともにめったやたらに働いているが、ハードワークには慣れてしまっている。

疲れた脳と躰を癒やすのに、このごろはベートーヴェン「悲愴」をよく聴いている。演奏は辻井伸行である。

「悲愴」というと思い出されるのは、島田雅彦が『優しいサヨクのための嬉遊曲』を「海燕」1983年6月号に発表してデビューした頃、大学のオーケストラでビオラを担当し、チャイコフスキーの『悲愴』の練習をしていた、というエピソードである。その辺の消息を島田は『本屋でぼくの本を見た 作家デビュー物語』(「新刊ニュース」編集部)収録のエッセイ「ハッタリと『悲愴』」に記している。

どうして「ハッタリと『悲愴』」なのかというと、『サヨク』を当時の「海燕」に持ち込んだ時、編集長(寺田博)にデカイ態度をとって文学について語った、要するにハッタリをかましたということである。

作家として名を上げるにはハッタリの一つも必要なのかも知れない。けれども今の私はハッタリよりも疲労である。疲労と「悲愴」の日々である。。

お金のはなし5 よき労働のために

日本人はマネーリテラシーが低いと聞いたことがあります。私はこの頃お金のことを少しずつ勉強していますが、もし、自分はお金に関する知識が足りない、あるいはお金のことを学ぶなんて程度の低い奴のすることだ、などと思っている人がいたら、考えを改め、お金を学び始める方が良いと思います。

私がお金の勉強を始めたのには理由がありまして…お金持ちになりたいとかお金が好きだとかいうわけではぜんぜんありません。お金のことを学び始めたのは、「よき労働」をするためです。

聞くところによると、徳川時代には各地を遊歴して和算を教える「遊歴算家」という人がいたそうです。だから日本国民は古来より算数やお金の計算が得意だったそうですが、近代に入り、工業化が進んで工場労働者が増え、毎日会社へ出て働いて帰るだけの暮らしをするサラリーマンが増加したために、算数が不得意に、ひいてはお金に関する感覚も鈍くなってしまったとのことです。

お金のことを学んでいるなどと言うと、なんとなく「がめつい奴だ」とか「汗水流して働こうとしていない奴だ」とかいう目線で見られそうな感じがします。しかし、もともと日本人は算数が得意で、お金のリテラシーも高かったと考えれば、そういう目線を向けてくる奴こそ、高度成長やバブルの時代の価値観を引きずっているに過ぎないんだ、と見ることができそうです。

高度成長やバブルなどとっくに終わり、遠い過去になっているにも関わらず、会社勤めを続けていれば安心だとか、真面目に働いていれば基本給が上がっていくなどと考えるのは愚の骨頂というもので、ちゃんと世の中とか組織に価値を提供して貢献しなくては相応のお金がもらえるようになるはずがありません。

私はお金の知識を武器にして誰かからお金に関する仕事をもらおう、などとは今のところ考えていません。ただ、この世界に「お金」というものがほぼ普遍的に流通し、生活や人生にも少なからず影響を与えているのは歴然たる事実なので、そのお金のことを学ばないと身を処していくのが困難になるのではないか、そんな風に考え、お金を学ぶことにしました。

お金を学ぶ過程では算数が必要になります。文系の私は算数が苦手ですが、上に述べた通り、お金の知識はこの世で生きていく上でどうしても必要なので、算数もある程度はやっていかなくてはなりません。

私は図々しい人間で、一石二鳥や一挙両得になることが好きですし、何かを始めたり継続したりしていく際には、それが何か副次的な効果を上げるようにはならないものか、などとよく考えます。だからもちろん、お金を学ぶ上でも、ただ金勘定が得意になるだけでなく、もっと他の効果も出せないかな…と考えてみました。その結果、浮かび上がってきたのが、小説です。

このブログですでに何度も書きましたが、バルザックの小説はドロドロの人間ドラマを描いています。そして、世界文学史に名を刻むそれらの作品は、お金の問題を抜きにしては決して成り立ちません。つまり、バルザックのようなリアルな人間のドラマを描こうとすれば、ほぼ必然的にお金の問題を扱うことになるわけです。もちろん、仮に私がリアリズムの小説を書くとして、その作品の中でお金の問題に触れなくてはならないわけではありません。けれども、作中の人物や社会の背景に家計や経済の動きが潜んでいることを把握しておくのは、小説にリアリティを与える上では大切なことだと思うのです。益はあっても、害はないはずです。

上記のような「副次的な効果」は、まぁ得られれば得るに越したことはないものです。私がお金のことを学ぶのは、あくまで、この世の中でたくましく生きていくため。

金持ちになりたくないわけではないので、お金の勉強で得た知識を使ってお金持ちになれれば、それは嬉しいでしょうね。けれども、お金持ちにならなくてはならないわけではなく、私としては、お金のことで必要以上に悩まなくても済むようになりたいと思っています。お金のことで悩まなくてもよくなれば、生活を心置きなく「労働」に捧げることができます。私がお金のことを学ぶのは、「よき労働」をするためです。

お金を学べば、今よりも「よき労働」ができるようになる。そんな風に考えると、お金を前向きに学べるようになる気がします。

大江健三郎と『村の司祭』

大江健三郎『人生の親戚』(新潮文庫、1994年)は、小説の中にバルザックの『村の司祭』が出てくることが私には興味深く、ほとんどその箇所を読むためだけに手に取ったところがある。

主人公の「僕」は、二人の子を失くした倉木まり恵を思い、まり恵と同じような境遇だと思う人物・ヴェロニックが主人公として出てくる『村の司祭』を紹介する。

 僕は全集版から当の巻を探して来てわたし、かつは彼女と妻にこの長篇の概要を話しもした。メキシコ・シティーで、僕は「コレクシオン・フォリオ」という文庫版を手に入れ、学生時代から二十年ぶりに読みかえしていたから、なお記憶は新しかったわけだ。

とある。「コレクシオン・フォリオ」は、フランスの出版社だろうか。一方、「全集版」とあるのは、東京創元社の『バルザック全集21』ではないかと思ったが、これは1975年初版で、それよりはるか以前の1941-42年に河出書房から『バルザック全集』が出ていて、その中にも「村の司祭」(吉江喬松、恒川義夫訳)がある。

お金は信用の数値化

山崎元『お金とつきあう7つの原則』(ベストセラーズ、2010年)は、タイトルの通り、お金と付き合っていく上で原則とするべきことを述べた本。お金の本質を伝えることが主眼となっているためテクニカルなことは書いていないが、お金に対する心構えや認識の仕方などがいちいち頷ける。

さて、本書にはこんなことが書いてある。

 まず、お金とは何か――。
 あえてひと言で言うと「お金とはそれをもって支払いができる手段」のことだ。
 当たり前の話に聴こえるかも知れないが、まずはこれを理解してほしい。
 お金は、もともとお金として自然に発生したものではない。かつては貝殻や石だったり、あるいは金や銀といった稀少な金属だったりした。その時々のその社会の中で「お金」として通用しているものがお金と呼ばれるものなのだ。
 本来、お金ではなかったものを、お金として通用させてきたのは、社会を構成するみんながそれをお金として理解し、それをもって支払いすることができたからだ。それを受け取った人が、支払いを受けたと理解する。それを渡す人が支払いを済ませた、というふうに考えることができる対象として想定されてきたものがお金である。
 お金は支払い手段として、みんなに信用されているものだ。「お金とは信用である」と言い換えてみてもいいだろう。
 ここで言う「信用」とは、「将来、急にその価値がなくなりはしない」ということを前提にして、みんながそれを当てにしているということだ。こうした信用に裏打ちされたものであるがゆえに、お金はさまざまな支払いに使うことができる。

お金の本質は信用である(お金=数値化された信用)といった見方は、これまでも色んな人がしている。私は「お金とは?」といった問いの答えをこれまであまり真剣に考えたことがなかったが、数値化された価値かな?などと漠然と考えていたように思う。数値化された信用、という言い方のほうが正しいと思う。

白状すると、私はこれまで、厳格で絶対的な力を持った「お金」という者の存在を半ば信じていたかも知れない。自分がお金をたくさん握るようになれば、それは自分が力を持っている証になる、みたいに考えていたように思う。しかしそういう考え方はどうもしっくりこなかった、というより、それだと果てのない不毛な争いをひたすら続けることになると漠然とながら感じていた。

お金=権力の思考だと、けっきょくお金の奪い合いになるだけではないか。私は調べ物や書き物が好きでそれをやっていきたいのに、お金についてそういう思考を持っているだけで、社会や会社の中で自分の望む人生を送れず不毛な闘争を強いられるのは馬鹿げているだろう。

お金を得ようと考えるより、信用を得ようと考える方がしっくりくるように思う。

倉木まり恵のモデル

大江健三郎 作家自身を語る』(新潮文庫、2013年)を読むと、『人生の親戚』(1989年)を書いた前後のことを少し知ることができる。

『作家自身を語る』は、聞き手の尾崎真理子が大江に各作品にまつわることを聞いていく対談形式の本だが、『人生の親戚』の主人公・倉木まり恵について、尾崎は「『暗きマリア』を連想する名前」と言っている。ほぉ~、と私は思った。しかし、大江は倉木まり恵が「暗きマリア」だとは答えていない。

もともと私にはヒロイックでかつユーモアのある、しかし悲劇におちこむ女性へのあこがれがあった。実在するモデルはいませんが、それまでの目によるスケッチの積み重ねが細部をなしています。

と語っている。モデルはいないのだ。「実在するモデルは」いない、ということはモデルはベティ・ブープなのかな?

ところで大江は『人生の親戚』について、「自分自身を治療するというつもりで、それまでの小説の世界とは違ったものを、違ったやり方で書いてみることにした」と書いている。人生で初めて鬱病のような状態になったから、らしい。その原因は、大手新聞のジャーナリストからの「悪口雑言罵詈讒謗」とあり、これは間違いなく本多勝一である。本多が大江のことを書いたのは『大江健三郎の人生 貧困なる精神X集』で、毎日新聞社から1995年に出ている。

それにしても、倉木まり恵に実在人物のモデルがいなかったというのは、ちょっと納得させられた。『人生の親戚』を読みながら、こんな女いるんだろうか、と。

神田上水石樋

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先日、東京都水道歴史館に足を運んだ。中をゆっくり見ることはできなかったが、水道とか治水というのは実に面白い技術だと思っているので、また時間を見つけてじっくりと見たい。

さて歴史館の外には本郷給水所公苑という、給水所上部の人工地盤の上に作られた公苑があり、そこには昭和60年代に発掘された神田上水遺跡の一部を移築・復原した神田上水石樋があって、興味深かったので写真に収めた。

神田上水天正18年(1590年)に徳川家康が大久保藤五郎忠行に命じて開削させたのが始まりだと伝えられている。日本における最初の上水道といわれ、近代水道が整備されるまで人々の暮らしに大きな役割を果たした。そしてこの神田上水石樋は、1987年に神田川分水路の工事中に発掘されたものの一部である。四百年近くも土中に埋もれていたにも関わらず、原型を損なっていないのは、往時の技術水準の高さを物語るものだ。

…だいたいそんなことが、石樋の傍らの「神田上水石樋の由来」という石碑に記されている。その文章は、1990年に杉本苑子が記したもの。

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地中に埋もれていながら四百年も朽ちずに残っていたのだからすごい。まさに江戸の土木遺産である。

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洋泉社

映画秘宝」を出していた洋泉社が1月31日をもって事実上、消滅した。宝島社に吸収合併され、「映画秘宝」は休刊、従業員は宝島社に雇用されるとのことだ。

Twitterでは編集者の田野辺尚人がその旨をツイートしていて、多くのコメントが寄せられている。田野辺は「映画秘宝」の創刊メンバーだったらしいが、ツイートでは洋泉社の名付け親は埴谷雄高だと書いていて、知らなかったので驚いた。

埴谷は福武書店の文藝誌「海燕」の名を提供したこともあるし(命名ではない)、佐伯一麦の高校時代の同人誌『青空と塋窟』が埴谷の「橄欖と塋窟」からヒントを得たものと思われるし、高いネーミングセンスの持ち主のようだ。

さて、洋泉社には『僕たちの大好きな団地』という本(2007年)があり、田野辺のツイートに対し会社消滅を惜しむコメントを寄せた人の中に、この本の存在の大きさを述べていた人がいた。私は何回かこの本をパラパラ読んだことがあるが、原武史の寄稿や、映画に取り上げられた団地のこと書いた記事もあり、面白い。

あまり洋泉社の本をたくさん読んでいたわけではないのでこんなことを言う資格はないが、こういうマニアックな本を出す版元がなくなるのは寂しい。