杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

佐伯一麦

佐伯一麦と秋山駿

毎日新聞1991年6月25日(火)夕刊6面の「文芸時評」に、佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』と「行人塚」のことが載っている。他に、三浦哲郎「あわたけ」も紹介されている。評者は秋山駿である。 こんにち、私小説はその系譜が消滅してしまったのではないかと思…

佐伯一麦と「U氏」

佐伯一麦『散歩歳時記』(日本経済新聞社、2005年)の「人生日々是取材」は、山形新聞2005年1月25日夕刊に載った記事で、『鉄塔家族』で大佛次郎賞を取った後に新聞や雑誌の取材を受けたことから、記者やライターの「取材」について述べた随筆である。 この…

「新潮」3月号「創る人52人の『2020コロナ禍』日記リレー」

「新潮」3月号は「永久保存大特集 創る人52人の『2020コロナ禍』日記リレー」が掲載され、執筆者の中には佐伯一麦もいる。 その他の執筆者のも含め、一年分ざっと読んだのだが、いったいこの特集はどうやって作ったのだろうと思った。 リレー形式の日記は、…

Vシネマ『F.ヘルス嬢日記』を観た。

佐伯一麦「一輪」(『一輪』(福武書店(ベネッセ・コーポレーション)、1991年所収)※初出は「海燕」1990年12月号)を原作とする東映Vシネマ『F.ヘルス嬢日記』(1996年)を観た。もうずっと前にDVDを購入していたのだがなかなか落ち着いて観る時間がなかっ…

佐伯一麦と坪内祐三

「ユリイカ」2020年5月臨時増刊号は「総特集●坪内祐三」で、ここに佐伯一麦が寄稿しているので図書館で予約していたが、このほどようやく読むことができた。 寄稿は「回想・坪内祐三」というタイトルで、坪内の思い出を語ったものだ。佐伯は「それほど深い付…

佐伯一麦『散歩歳時記』

佐伯一麦『散歩歳時記』(日本経済新聞社、2005年)を読んだ。本書はこのブログで前にも書いたが、山形新聞夕刊に「峠のたより」と題し、1995年11月から月2回連載されたエッセイを中心に、季節の話題を扱った佐伯の文章を編んだものである。 表紙には、紙飛…

佐伯氏

佐伯一麦の『散歩歳時記』(日本経済新聞社、2005年)の「土蜘蛛」は、佐伯自身が「新潮」別冊で歴史小説を書くことになったため、構想を練るため経ヶ峯を巡っていたら蜘蛛の巣を見つけたという体験談から、「土蜘蛛」という言葉を思い出し、土蜘蛛が「佐伯…

本と読者

前野久美子編著『ブックカフェのある街』(仙台文庫、2011年)の佐伯一麦による読書会「夜の文学散歩」の記事には、古井由吉「杳子」にまつわる佐伯の思い出が語られている箇所がある。 千葉の自宅で公文式の学習塾をやっている夫婦を取材しに行きました。取…

佐伯一麦と「労働」

ワイズ出版の『いつもそばに本が』(2012年)は、朝日新聞読書一面に連載された著名人73人の読書エッセイを編集したものである(コーナー名は1993年9月5日から2001年3月11日までが「いつもそばに、本が」、2001年4月1日から2004年3月28日までが「いつもそば…

佐伯一麦と「杳子」

前野久美子編著『ブックカフェのある街』(仙台文庫、2011年)は、仙台の古書店カフェ「book cafe 火星の庭」の店主である著者が、本をめぐる仙台の人々のことを綴った本。その中に、「火星の庭」で2010年2月28日に行われた佐伯一麦の読書会「夜の文学散歩」…

リハビリ

佐伯一麦『散歩歳時記』(日本経済新聞社、2005年)の「麦イカ」(初出は山形新聞2003年8月12日夕刊)には、たくさん釣ったスルメイカを分けてくれた佐伯の幼馴染の「M」のエピソードが載っている。 不動産会社に勤めていたMは、目下のところ失業中の身であ…

小池真理子と新福正武と『無伴奏』と佐伯一麦

佐伯一麦『散歩歳時記』(日本経済新聞社、2005年)の「めひかり」には、佐伯が東京からやってきた編集者と自宅で宴を開き、「めひかり」という小魚などを御馳走したエピソードが出てくる。 その編集者は東北大学で電子工学を学び、後に編集者になった異色の…

斎木クロニクル

佐伯一麦の『遠き山に日は落ちて』(集英社文庫、2004年)の池上冬樹による解説を読んでいたら面白い箇所があった。 主人公斎木の周辺の人物に目を転ずると、小学二年の息子(八三頁)は『鉄塔家族』では十四歳の家出少年として出てくるし、仙台の居酒屋の女…

佐伯一麦『ミチノオク』第三回 飛島

「新潮」11月号には佐伯一麦の連作『ミチノオク』の第三回「飛島」が掲載されている。第二回の「貞山堀」が2月号だったので、実に九か月ぶりの新作掲載である。 「飛島」とは山形県酒田市に属する日本海の離島だが、友人のカメラマンからその飛島で拾ったと…

佐伯一麦と頭痛

自宅には過去の文藝雑誌が何冊かある。目的なく気が向いて買っただけのものが多いのだが、その中に「群像」2016年6月号があり、第55回群像新人文学賞の受賞作が発表されているので、恐らくこれに気が向いて買ったのだと思う。ちなみにその当選作は岡本学「架…

佐伯一麦「懐かしい現実の手応え」

佐伯一麦の「懐かしい現実の手応え――古家に住まう」は、朝日新聞1994年8月18日夕刊に掲載された随筆で、『散歩歳時記』(日本経済新聞社、2005年)に収められているのだが、これがすごくいい。北蔵王の山麓にある、早くに妻を亡くした老人の古家を老人の死後…

佐伯一麦と時計草

日経新聞9月13日28面の文化欄に、佐伯一麦の随筆「時計草に思う」が載っている。時計草にまつわるさまざまな思い出を語ったもので、佐伯らしい随筆と言える。 佐伯は花鳥風月に対する感性が鋭敏で、時計草について書いたのはこれが初めてではない。この随筆…

佐伯一麦と黒井千次

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「鳴らない時計が打つ刻」は、黒井千次との思い出を語っている。佐伯は1992年11月に日中文化交流協会の訪中作家代表団の一員として初めて中国を訪ね、各地を旅行したが、その団長が黒井千次だ…

古井由吉『人生の色気』

古井由吉『人生の色気』(新潮社、2009年)を読んでいるが、これは古井からの聞き取りをもとに編集部が文章を構成したもので、佐伯一麦や島田雅彦などが聞く側に同席している。全六章あり、第三章「年をとるのはむずかしい」は、佐伯が同席して2008年12月3日…

物書きへの視線

ときどきお邪魔しているブロガーの記事の中に、佐伯一麦の『散歩歳時記』(日本経済新聞社、2005年)について触れているものがあり、これは恥ずかしながら未読だったのでこのたび手に取った。少し前に古書店で買ったきり積ん読になっていたのだが、じっくり…

佐伯一麦の「小さな本棚」

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)を読んだ。佐伯の伝記的事実を確認しながら丹念に読んでいったので、読み終えるまでに時間がかかった。 本書は、河北新報朝刊に2004年4月6日から2008年1月22日まで連載された随筆をまとめたもの…

時間に飢える

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「男と女は五分と五分」は、高山文彦による中上健次の評伝『エレクトラ』(文藝春秋、2007年)を取り上げている。佐伯は本書を、上京した折に編集者から紹介されてむさぼるように読んだようだ…

埴谷雄高の家

佐伯一麦は高校時代、吉祥寺にあった埴谷雄高の家に同人誌「青空と塋窟」を届けたらしい。今回、大倉舜二『作家のインデックス』(集英社、1998年)を読み、埴谷雄高の吉祥寺南町の家が載っていたので、ここかも知れないと思った。もちろん、吉祥寺内で引っ…

佐伯一麦の書斎

大倉舜二『作家のインデックス』(集英社、1998年)は、大倉が作家と書斎や持ち物などを撮影した写真集で、「すばる」で1990年から1995年まで連載した巻頭企画を一冊にまとめたものである。瀬戸内寂聴や中上健次、三木卓、宇野千代、島田雅彦、古井由吉など…

佐伯一麦と奈良飛鳥園

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「その輝きをレンズで」は、東大寺二月堂のお水取りを切り口に、奈良への思いが綴られたものだ。佐伯は、テレビの企画や雑誌の原稿を書く仕事をしていた二十歳前後の頃、月に一度ほど関西に出…

八木義德と吉村昭

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「カナカナの起床ラッパ」は、吉村昭の訃報を受けて吉村の思い出を語る内容である。その前半で、吉村昭に最後に会った時のことが書かれている。1999年11月に行われた八木義德の葬儀でのことで…

ネタは決して離さない。

佐伯一麦の短篇「二十六夜待ち」は、河北新報の記事に想を得て書かれた小説である。そのことは、『月を見あげて 第二集』(河北新報出版センター、2014年)の「新聞記事の効用」に書いてあるのだが、『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「…

逗子に住んでいた佐伯一麦

佐伯一麦『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「名曲喫茶『田園』」には、佐伯が脚本家の内館牧子と対談した時のエピソードが紹介されている。エピソードとはむろん、仙台市青葉区の国分町にあった名曲喫茶「田園」のことで、内館がその店の…

舟橋聖一「華燭」

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)の「消え落ちた華燭」には、舟橋聖一「華燭」のことが紹介されている。 「華燭」は、結婚式披露宴のスピーチで新郎の友人として祝辞を述べる主人公が、新郎と新婦と自分の三角関係について暴露し…

佐伯一麦と高田馬場

夏目漱石の妻は、漱石の癇の虫を治す虫封じの護符をもらいに西早稲田の穴八幡宮に行っていたという。佐伯一麦は、それにあやかったわけではなかったが、第一子の夜泣きやぐずりに悩まされていた時、この穴八幡宮に詣でたらしい。 というのも、上京した後に勤…