「滋味深し」
西村賢太『一私小説書きの日乗 野性の章』(KADOKAWA、2014年)の2013年12月28日の記録を見ると、西村が佐伯一麦の長篇『渡良瀬』を読んだことが分かります。
佐伯一麦氏の最新刊『渡良瀬』(岩波書店)を読み始める。二十年前に『海燕』誌に連載し、掲載誌の廃刊に伴い中絶していた長篇を、今般完成させたものだとか。
翌29日の記録では触れられていませんが、30日の記録で再び書かれています。
午後一時起床。入浴。
『渡良瀬』読了。滋味深し。
西村は佐伯の『還れぬ家』や『光の闇』を読んだことも「日乗」に書き、それぞれ一定の評価をしていました。
『渡良瀬』は2013年12月26日に岩波書店より発行された長篇で、その後2017年に新潮文庫に入りました。佐伯は私小説のことを「自画像」と言っていますが、長篇『渡良瀬』はまさに巨大な佐伯の自画像と言えるような作品です。装飾のない文体は、どこかじんわりと染みわたってくるものがあり、「滋味深し」という西村の言葉は的確だと思います。