杉本純のブログ

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「朝の一日」と「静かな熱」

処女作はどれか

佐伯一麦『Nさんの机で』(田畑書店、2022年)の「流行歌」という章には、佐伯の1986年発表の短篇「朝の一日」について書かれています。

これは新聞配達少年を主人公にした話で、厳密な意味での佐伯のデビュー作「静かな熱」(1983年に第27回かわさき文学賞コンクール入選)に酷似しています。そのことは、このブログで以前も書きました。

「朝の一日」は、佐伯が高校生の時に書いた短篇で、佐伯自身これが「実質的な処女作」と書いています。しかし、「静かな熱」も同じ時期に書かれたもののはずですが、「流行歌」では「静かな熱」には触れていません。恐らく両作は同じもので、「かわさき文学賞コンクール」に応募するにあたりタイトルなどを少し変えたのが「静かな熱」なのではないでしょうか。

「電工日誌」を読みたい

さて面白いのは、「木を接ぐ」でデビュー後に「新潮」の風元正という編集者からエッセイを依頼されて「電工日誌」を出したら、別の作家が出す予定だったらしい三十枚の短篇が出ないことになったので小説はあるかと問われ、「朝の一日」を出したくだりです。

この作品は、いつかまとめるつもりでいる長篇の一部分であることと、類似している中上健次の作品のことも告げて提出したが、「短篇としても独立しているし、あなたの小説世界は、中上のそれとは全然違うものじゃないですか」と編集長の坂本忠雄氏が言い、すぐに「新潮」一九八六年十二月号に掲載されることとなった。
 実は、その頃の文芸誌の世界では、新人賞から出た新人作家は一冊本を出すまでは他誌には小説を発表しない、という暗黙のしばりがあり、風元氏と私は「海燕」編集長の寺田博氏に酒場で厳しく絞られたものだった。とは言っても、文壇のルール破りをした向こう見ずな若者たちを面白がっているような色もあった。そして、「朝の一日」のシーンが入る長篇の執筆もぜひ引き続き進めてほしい、との新潮編集部の励ましがあり、さらに五年後の一九九一年四月号の「新潮」に、高校時代から結局十三年がかりとなった「ア・ルース・ボーイ」を発表することができたのだった。

海燕」の寺田の、佐伯と風元を怒りながら面白がってもいる様子が眼に見えるようです。今はどうか分かりませんが、少なくとも当時の文壇は牧歌的で楽しい世界だったんじゃないか、と思います。

風元の依頼を受けて佐伯が書いたエッセイは「電工日誌」というもので、どうやら「朝の一日」と同じ「新潮」1986年12月号に出たらしいのが、「流行歌」を読むと分かります。これは二瓶浩明の佐伯年譜に載っておらず、まず読んでみたいですね。

また「朝の一日」と類似する中上健次の作品とは「十九歳の地図」です。

Nさんの机で