杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

2020-02-01から1ヶ月間の記事一覧

職業でなく状態

「本の雑誌」3月号の鈴木輝一郎「生き残れ!燃える作家年代記⑪心がけ編」を読んで、うんうんと頷いた。 鈴木氏は「小説家には定年はないが明日もない」と書き、小説家が仕事を辞める理由は次の三つしかない、と書く。すなわち、 一、書けなくなって筆を折る…

“Glück auf!”

ライターとして、これまで数えきれないほど工場の取材に行った。その中のいくつかの現場では、工場内(あるいは事業所内)で使われていたのが、「ご安全に!」という挨拶だ。 その挨拶を最初に知ったのは、たしか文章を通してのことで、鉄鋼メーカーか何かの…

寝る子は育つ

睡眠不足を題材にした海外のドキュメンタリー作品をテレビで見た。 人間は睡眠不足に陥るとどうなるのか、睡眠不足を解消するにはどうすればいいのか、などといった問題を扱った番組である。私自身、眠りたい時に眠れない、日常生活がやや睡眠不足の傾向があ…

まずは教養

磯田道史先生の『歴史とは靴である』(講談社、2020年)が面白い。これは同社の「17歳の特別教室」シリーズの一冊で、磯田先生が高校を訪ねて高校生に講義したのを再構成したもの。他には高橋源一郎や佐藤優や瀬戸内寂聴といった著名人もやっている。 いくつ…

企業研究者と勤め人ライター

鎌谷朝之『企業研究者のための人生設計ガイド』(講談社ブルーバックス、2020年)は、図書館で見つけてぱらぱら読んだ。 面白かったのは第3章「企業で研究するか、大学で研究するか?」で、そこには企業に勤めて研究に従事する者のメリットとデメリットが載…

「二十六夜待ち」成立事情

佐伯一麦の「二十六夜待ち」はすばらしい短篇だが、初出は「群像」2013年2月号で、講談社文庫『12星座小説集』(2013年)の他、佐伯の単行本『光の闇』(扶桑社、2013年)にも収録されている。 『光の闇』の「あとがき」を読むと、「二十六夜待ち」が、16年…

文京区立図書館

調べ物では文京区立図書館をたまに利用している。文藝誌のバックナンバーが地元の区立図書館より豊富で、しかも予約を入れた後に受け取り指定をした図書館に到着するスピードが早い。予約資料を所蔵している図書館と受け取る図書館の距離が近いからなのか、…

話の通じない相手

どんな相手とも話せば分かる、という言葉は何度か聞いたことがあるが、どれだけ頑張って話しても通じない相手がいる、というのは実体験としてある。 上っ面のやりとりなら問題なく通じる。組織の中の人間関係などはその最たるもので、組織を貫く価値観とか力…

口内炎の思い出…

朝日新聞の土曜版「be」2月15日に「どうして口内炎ができるの?」という記事が載っていて、私は二十代、三十代の頃に口内炎に苦しめられたことが何度もあったので興味深く読んだ。 口内炎は、たんぱく質を分解する「プラスミン」という酵素が増えると炎症や…

コッポラと『ゴッドファーザー』と「カフェ・トリエステ」

機内で「翼の王国」2月号をぱらぱら読んでいたら、「アメリカ 文学と旅する」という特集があって、ほおほおどんなのが載っているんかいなと読んでみた。この号は「サンフランシスコ ビート・ジェネレーション編」の後編で、作家であり俳優でもある戌井昭人が…

佐伯一麦「二十六夜待ち」

群像編『12星座小説集』(講談社文庫、2013年)は、小説家12人が12星座の中からそれぞれ一つの星座をテーマにして書いた短篇集。初出は「群像」2013年2月号だが、巻末の附記として鏡リュウジによる「12星座の鍵言葉」が掲載されている。これは「群像」では「…

引用されたが…

https://bogus-simotukare.hatenadiary.jp/entry/20080802/1307052595 この記事、きちんと読んではいないのだが、私の記事が一部引用されている。私のを引用するくらいなら『ある映画監督』などを読んでまとめる方が…と思うのだが。 ちなみに私は、溝口健二…

お金のはなし6 お金と労働

資産運用とか投資というと、お金を働かせて本人は働かず何もしない、みたいに捉えられることが多いと思う。しかしそんな美味しい話などあるはずがなく、投資をする側だって、下手を打てば投資した金が吹っ飛ぶことがある。いつ、どこに、どれくらいお金を投…

憂鬱だけれど…

朝晩はたいてい憂鬱になる。寝床の中にいると、死ぬとか、孤独になるとか、貧しい生活を送るとか、そういう不幸がいずれ自分に降りかかるような気がしてきて、ひどく気が沈むのである。 どうしていつも憂鬱になるのかは分からないが、人生とか仕事には正解が…

疲労と「悲愴」

このところ脳疲れと目疲れがひどく、時間があれば休みの日はゆっくり昼寝でもしたいと思っているのだが、どうもそうはいかない。公私ともにめったやたらに働いているが、ハードワークには慣れてしまっている。 疲れた脳と躰を癒やすのに、このごろはベートー…

お金のはなし5 よき労働のために

日本人はマネーリテラシーが低いと聞いたことがあります。私はこの頃お金のことを少しずつ勉強していますが、もし、自分はお金に関する知識が足りない、あるいはお金のことを学ぶなんて程度の低い奴のすることだ、などと思っている人がいたら、考えを改め、…

大江健三郎と『村の司祭』

大江健三郎『人生の親戚』(新潮文庫、1994年)は、小説の中にバルザックの『村の司祭』が出てくることが私には興味深く、ほとんどその箇所を読むためだけに手に取ったところがある。 主人公の「僕」は、二人の子を失くした倉木まり恵を思い、まり恵と同じよ…

お金は信用の数値化

山崎元『お金とつきあう7つの原則』(ベストセラーズ、2010年)は、タイトルの通り、お金と付き合っていく上で原則とするべきことを述べた本。お金の本質を伝えることが主眼となっているためテクニカルなことは書いていないが、お金に対する心構えや認識の仕…

倉木まり恵のモデル

『大江健三郎 作家自身を語る』(新潮文庫、2013年)を読むと、『人生の親戚』(1989年)を書いた前後のことを少し知ることができる。 『作家自身を語る』は、聞き手の尾崎真理子が大江に各作品にまつわることを聞いていく対談形式の本だが、『人生の親戚』…

神田上水石樋

先日、東京都水道歴史館に足を運んだ。中をゆっくり見ることはできなかったが、水道とか治水というのは実に面白い技術だと思っているので、また時間を見つけてじっくりと見たい。 さて歴史館の外には本郷給水所公苑という、給水所上部の人工地盤の上に作られ…

洋泉社

「映画秘宝」を出していた洋泉社が1月31日をもって事実上、消滅した。宝島社に吸収合併され、「映画秘宝」は休刊、従業員は宝島社に雇用されるとのことだ。 Twitterでは編集者の田野辺尚人がその旨をツイートしていて、多くのコメントが寄せられている。田野…

佐伯一麦と三島由紀夫

「群像」に連載されている「私の文芸文庫」の3月号の第3回「三島由紀夫と私小説」は、佐伯一麦が執筆している。取り上げているのは中村光夫と三島由紀夫の『対談・人間と文学』(2003年)で、三島由紀夫の私小説に対する認識について述べている。 最初、三島…

台詞による人物描き分け

大江健三郎『人生の親戚』(新潮文庫、1994年)の途中で不思議だったのは、小説家である主人公の「僕」の言葉遣いと、ムーサンという登場人物の父親の手紙の文体が、等しく大江健三郎の文体そのものであることだ。この作品は一人称体で書き進められるので、…

長篇執筆の心理管理

今日はちょっとおかしなタイトルだが、長篇小説を書くために心理状態をどう管理するか、ということで、大江健三郎の『私という小説家の作り方』(新潮文庫、2001年)の次の一節を通して考えてみたい。 小説を書くための心理状態の管理をいうならば、長篇であ…

寺田寅彦と成増

朝日新聞の土曜版「be」の2月1日の4面に掲載された原武史「歴史のダイアグラム」には、寺田寅彦が1921年11月10日に池袋から東武東上線に乗って成増まで行ったことが書かれていた。 今の東武東上線は元は「東上鉄道」で、それが1920年7月に東武鉄道と合併した…

板橋区立郷土資料館 特別展「高島平の歴史と高島秋帆」

2020年1月18日に常設展をリニューアルしてオープンした板橋区立郷土資料館。先日、さっそく足を運び、新しくなった常設展と特別展「高島平の歴史と高島秋帆」を見てきました。 常設展は板橋区の歴史の概略を伝えるもので、リニューアル前の常設展と主旨は同…

お金のはなし4 「入るを量りて出ずるを制す」

お金に関する勉強をする過程でこの言葉に出会い、基本中の基本だ、と思った。 言葉の意味は、収入を計算し、それに見合った支出を心掛ける、ということで、財政の心構えを説いた言葉。五経の一つ「礼記」に出てくる言葉らしい。 基本中の基本だと思ったのは…

「脇が甘い」

これは相撲で使われる言葉で、隙があるので相手にまわしを取られやすい、という意味だが、用心が足りないためにつけこまれやすい、という一般的な意味もある。 対人関係において、どうもいつも自分の思い通りに事を運べず、気がつけば相手の思い通りになって…

倉木まり恵とベティ・ブープ

最近までベティ・ブープを知らなかったのだが、このたび大江健三郎『人生の親戚』(新潮文庫、1994年)を読み、主人公の倉木まり恵が「ベティ・ブープの面影」を感じさせる人物として書かれているので、ベティ・ブープを調べてみて「ああこのキャラか」と思…

「社員は家族」

もうずいぶん前の話になるが、ある会社の経営者が、社員は俺の家族だ、と言っていた。その人は一方で、労働組合が嫌いだ、とも言っていた。経営と組合を対立構図で捉えていたのかもしれない。 しかしその経営者は、自分の会社の社員が通勤中に事故を起こし、…