杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

佐伯一麦「二十六夜待ち」

群像編『12星座小説集』(講談社文庫、2013年)は、小説家12人が12星座の中からそれぞれ一つの星座をテーマにして書いた短篇集。初出は「群像」2013年2月号だが、巻末の附記として鏡リュウジによる「12星座の鍵言葉」が掲載されている。これは「群像」では「12星座の2013年」となっていたもので、内容を少し変えて書き下ろしたものだ。読むと、人間の特徴や性向が星座別に書かれていて面白い。

アンソロジーは4月の牡羊座からスタートしている。牡羊座橋本治、牡牛座:原田ひ香、双子座:石田千、蟹座:佐伯一麦、獅子座:丹下健太、乙女座:姫野カオルコ、天秤座:戌井昭人蠍座荻野アンナ、射手座:宮沢章夫山羊座町田康水瓶座藤野可織魚座島田雅彦の順である。

蟹座の佐伯一麦は1959年7月21日生まれで、「二十六夜待ち」という短篇を書いているのだが、これがすばらしい!

私小説ではないが、東北を舞台にした、記憶を失くした男と、その男が営む店で働く女との関係の深まりを描いたもので、叙述にも描写にも無駄がない。東北に戻ってからの佐伯の小説には、主人公が暮らす地域の風物の描写がやたら分厚く、自然の息づかいにじっくりと耳を澄ましてその微細な変化を細かく拾い集め、丁寧に並べていくことで雄大な世界を描き出そうとするものがいくつかある。それらは登場人物がいずれも平板で特徴がなく、ストーリーらしきものもないため退屈に感じる読者は少なくないはずである。

しかしこの「二十六夜待ち」は違う。主人公の男には記憶がない、という「引き」が冒頭にあり、女との出会い、最初の性交渉に至るまで、東京旅行などがテンポよく繰り広げられる。それは佐伯の小説では珍しいとすら言えると思うが、自然の風物の描写が適度に差し挟まれ、話の展開の中に回想的な叙述が挿入される手法も駆使されていて、やはり佐伯独自の小説だとも言える。男には嗜虐、女には被虐の性癖があるのだが、二人がどうしてそうなのかは明確には描かれておらず、読者には想像させるだけなのだがそういうところがまたいい。

佐伯の小説は、陰のある男女の濃密な交わりを描いたものが特に読み応えがある。それは私小説でもそうでないものでも変わらないようだ。