杉本純のブログ

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「とりあえず蟹座」

以前、佐伯一麦の短篇「二十六夜待ち」の成立事情についてこのブログで書いた。

『麦の日記帖』(プレスアート、2018年)にもこの短篇について触れている箇所があった。

『麦の日記帖』は、「Kappo 仙台闊歩』連載の佐伯のエッセイ「杜の日記帖 闊歩する日々」の2010年3月号(vol.44)から2018年9月号(vol.95)までを収録したもの。日記形式の随筆だが、ほぼどの日も「某月某日」としてあり、正確な月日は分からない。

その2013年の冒頭が「星座小説」で、2012年末から2013年正月にかけて「二十六夜待ち」を構想し、執筆した経緯が日ごとに記されている。

執筆に集中する前、佐伯は奥さんと上京し、銀座のギャラリーで奥さんの個展を手伝った。その後、八日間にわたり、「来年二月末に刊行予定の長篇小説の単行本のゲラ直し」と「〆切が十日後に迫っている星座をテーマとした短篇小説を執筆」するため缶詰になる、とある。この「長篇小説」は2013年2月に刊行された『還れぬ家』だと思う。

「二十六夜待ち」は、上野の空の月を眺める主人公と女を江戸時代の風習である二十六夜待ちに重ねる場面があるが、佐伯は実際に上野の月を見て風習のことを思い出し、そういう話にするのを決めたようだ。そしてテーマである星座の使い方については、記憶を失くした主人公が女から星座を聞かれ「とりあえず蟹座」と答えることを思いつく。

ちなみに、「二十六夜待ち」は全12の星座をテーマに12名の作家が書いた「群像」の企画だが、佐伯は12人中最後に書き上げたらしい。編集長には〆切に間に合わなかったら釈明文を載せる、と脅されたそうな。当時の「群像」編集長は佐藤とし子。