杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

萩原葉子『蕁麻の家』

第15回女流文学賞受賞作

萩原葉子『蕁麻の家』(講談社文芸文庫、1997年)を読みました。本作は萩原の自伝的長篇小説で、『閉ざされた庭』『輪廻の暦』を含む三部作の第一作です。「新潮」1976年7月号に一挙掲載され、萩原は本作で第15回女流文学賞(1976年)を受賞しました。

祖母からのひどいいじめ

本作は、萩原自身の小学校から21歳あたりまでの経験を元に書かれた私小説で、全三章の構成になっていますが、内容は壮絶です。

詩人である内藤洋之介の長女・嫩(ふたば)は、洋之介が建てた世田谷区の家に、祖母の勝、叔母の麗子、妹の朋子と共に引っ越してきます。母親は、嫩が8歳の時に洋之介と離婚し、以後、嫩と妹は洋之介の故郷である「G県」に移り、祖父母の下で育てられましたが、東京に戻ってきたのです。

なお洋之介のモデルは詩人の萩原朔太郎ですから、G県とは萩原の故郷である群馬県に違いありません。

嫩の母親は、祖母の勝から忌み嫌われており、「インラン」などと呼ばれ、嫩もまた、その血が流れているとして、いじめられます。嫩は服もろくに買ってもらえないなど、家の実権を握っている勝や叔母の麗子から差別的な扱いを受けています。このいじめは、嫩が苦しむのを楽しむ、といった性質のものではなく、家を不浄なものから守ろうという、保守的な思想から来ているものであり、昨今話題になるいじめとはやや趣を異にするものだろうと私は感じました。

ヤクザの子を妊娠

洋之介は、再婚相手として信子を家に連れてきて、一緒に旅行に出掛けたりして仲睦まじくしますが、信子もまた勝にひどくいじめられて、やがて家を出て行ってしまいます。

かように、勝は極めて排他的で、虐待は執拗で、陰湿ですらあります。嫩は学校でも内気で、人とあまり話すこともできませんが、勝のような人が家にいて、首根っこを摑まれている状態では、日常生活や対人関係にも支障が出てきて当然でしょう。

信子が出て行く前に知り合った、信子の弟の泰男を好きになるものの、学校の友人の蘭子が泰男の子を妊娠して、初恋は蘭子に奪われてしまいます。ふらりと入った喫茶店で、岡という男と知り合い、女にされ、岡の子を妊娠。岡はヤクザで、内藤家の人間になる目的で家にやってきて、勝を含めて家は大混乱します。

岡は目的を果たせず、姿を消しますが、勝は、やがて生まれてくる嫩の子を「満洲」へ流そうと計画を立てます。また、嫩の妹の朋子を「準禁治産者」にする、といった話が出てきます。

バルザック禁治産」を読みたくなった

私は準禁治産者というのが何のことか知りませんでしたが、バルザックに「禁治産」という小説があるので言葉だけは知っていました。調べてみると、準禁治産者とは、心神耗弱または浪費癖があり、家庭裁判所から準禁治産者の宣告を受けた者のことで、財産管理などは後見人がすることとなり、自分ではできなくなります。

本作では、洋之介の妹の夫である与四郎が朋子の後見人となる予定になっています。つまり与四郎は、嫩を内藤家から除籍し、自分が朋子の後見人になり、洋之介の死後に内藤家の実権を握る計画なのです。

ちなみに私は、これを機に、バルザックの「禁治産」を読んでみたいと思いました。「禁治産」は中篇小説で、『ソーの舞踏会』(ちくま文庫、2014年)に収められています。

まっすぐに生きる決意

万事が勝とその子たちの都合の良いように運ばれ、嫩は勘当させられそうになります。しかし、嫩の子は死産となり、満洲の話はなくなります。また、洋之介は病の床にありながら、嫩を除籍して朋子の後見人になるという与四郎の申し出に対し、はっきりと反対の意を表明するのです。

嫩は、洋之介のこの行為に、自分への愛情を感じ取り、生きる決意をします。

闇に包まれた私の前途に、一点の灯を見たような気持を覚えたのだった。あとに残る人達にどんなにつらく当られても、生きることが洋之介の意志に添うことではないだろうか。

小説はこの二行後に終わりますが、どう考えても嫩の前途は明るくなく、後味の良い小説とはいえません。

けれども私は、そういう陰鬱としたところも、この小説の力ではないかと思います。また、「一点の灯」は、希望の光というよりは、生きることに対する「芯」のようなものではないでしょうか。親類という、極めて身近な存在の人からひどい虐待を受けても、人間はまっすぐに生きる決意ができることを、この小説は示しているのかもしれません。