杉本純のブログ

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寺田寅彦と成増

朝日新聞の土曜版「be」の2月1日の4面に掲載された原武史「歴史のダイアグラム」には、寺田寅彦1921年11月10日に池袋から東武東上線に乗って成増まで行ったことが書かれていた。

今の東武東上線は元は「東上鉄道」で、それが1920年7月に東武鉄道と合併したらしいので、寺田が成増まで乗ったのはそれから一年余り後のことになる。

原はこの記事で、寺田が日記に書いた田園風景の描写を絶賛している。その描写とは『寺田寅彦随筆集』第一巻に載っているもので、原はいくつか引用している。興味を持った私はさっそく同書(ワイド版岩波文庫、1993年)を読んでみた。探してみると、引用されたのは同書の「写生紀行」という随筆の文章であることが分かった。

随筆の冒頭には、寺田が油絵の稽古を始め、次第に戸外の風景を描くために電車に乗って出掛けるようになった経緯が書かれている。それから大宮や浦和などへ足を運んだことが書かれ、最後が原が取り上げた11月10日の成増行きである。

原の記事には引用されていないが、寺田はこの日、成増駅で降りた後、榛の木を主題に絵を描いたようだ。

 成増でおりて停車場の近くをあてもなく歩いた。とある谷を下った所で、曲がりくねった道路と、その道ばたに榛の木が三四本まっ黄に染まったのを主題にして、やや複雑な地形に起伏するいろいろの畑地を画布の中へ取り入れた。

東上線成増駅は私もたまに足を運ぶが、寺田が描いたのはどこらへんなのか…ある程度は想像できるが、当時と今では地形もけっこう違うだろう。

それにしても、人が写生をしているのなんて東京ではほとんど見たことがない。上野公園くらいか。