杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

佐伯一麦と干刈あがた

「作家をやめます」

コスモス会編『干刈あがたの文学世界』(鼎書房、2004年)は、1992年に亡くなった干刈あがたの13回忌に出版された、一種の作家案内です。「干刈あがたコスモス会」は干刈の友人知人や読者を中心に設立された会ですが、本書は入念な編集がなされており、口絵も豊富で読み応えのある一冊になっています。

中に佐伯一麦による寄稿「干刈さんの思い出」があり、佐伯が干刈宅を訪れた時の思い出などが語られています。

干刈は「海燕」新人文学賞の第1回受賞者で、佐伯は第3回受賞者です。二人は福武書店(現ベネッセコーポレーション)の「海燕」を通じた縁でつながっていました。「海燕」初代編集長の寺田博が作家同士の年代を超えたつながりを大切にし、作家たちの交流の機会をよく設けていたことも縁を深める力になったと推察されます。

干刈はガンで49歳で世を去りましたが、約10年の作家活動は苦しいものだったらしい。

 法要の後の記念講演で、元「海燕」編集長だった文芸評論家の寺田博氏が、干刈さんのデビューに直接関わった思い出をはじめ、時代の言葉に敏感だった感性などに触れながら干刈文学を語った。特に、投函はされなかったが、作家活動の悩みのさなかで「作家をやめます」と干刈さんが記した寺田氏宛の手紙の存在を知った驚きを披瀝した件が印象的だった。

と佐伯は、干刈を偲ぶコスモス忌に参列した時のことを書いています。干刈による、寺田宛に書かれながら投函されなかった作家廃業宣言は、本書の寺田による寄稿「新人賞受賞のころ」にも書いてあります。その文章は干刈の友人である毛利悦子に渡されたらしい。やめたいくらい苦しいけれど、やめなかったことになります。