杉本純のブログ

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佐伯一麦『遠き山に日は落ちて』

第1回木山捷平文学賞受賞作

佐伯一麦の長篇小説『遠き山に日は落ちて』(集英社文庫、2004年)を読みました。

二瓶浩明の佐伯年譜を参照すると、これは「すばる」1995年1月号から1996年4月号まで全14回連載されたものです。妻子と別れ、草木染作家の奈穂と新たな生活を始めた小説家の斎木の視点による、蔵王山麓での暮らしを綴った13篇の短篇から成り立っています。二瓶の年譜と短篇の数が合わないため、これは調べなくてはならないでしょう。

1996年に集英社より単行本として出て、同年、岡山県笠岡市出身の小説家・木山捷平を記念して創設された純文学の文学賞木山捷平文学賞(第1回)を受賞しました。

タイトルからして、地方の田舎を舞台にした小説を想起させますが、これはドヴォルザーク「新世界から」の第二楽章からとられた「家路」の、日本語の歌詞の冒頭のフレーズです。学校の下校を知らせる放送の曲として広く使われたようです。私も、学校だったかどうかは忘れましたが、この曲とフレーズはかすかに聴いた覚えがあります。

ちなみに、これは小説には書かれていませんが、「家路」の作詞は堀内敬三で、この人は慶應義塾の応援歌「若き血」を作詞作曲した人でもあるらしい。

佐伯文学を深く味わえる

さて本作。文庫解説は池上冬樹が書いています。その冒頭では佐伯の後年の長篇『鉄塔家族』を称賛しており、『遠き山に日は落ちて』との関連も説明しています。

私の分析では、佐伯の私小説は舞台が東京、神奈川を離れるにつれ、事件らしい事件が起きないものに変わっていきました。随想か手記を思わせ、しかし文章には滋味がある不思議な作品群です。本作にもそういう特徴がみられますが、私は佐伯の小説ではやはり東京、神奈川を舞台にした、前妻との関係を主軸にしたものが好きですね。

池上の解説では、本書の185ページに出てくる詩人が原阿佐緒で、107ページと206ページに出てくる詩人が丸山薫であることが紹介されていますが、これは小説本文に記述されている記念館や詩集の書名などから調べればわかります。

本書の173ページに出てくるビョルグ・アブラハムセンというノルウェーのテキスタイルデザイナーは、のちの佐伯夫婦の渡欧と小説『マイ シーズンズ』創作の契機となった人です。本作にはアブラハムセンの『布のステンドグラス』(学研、1985年)を奈穂が山形市の図書館から借りてきたエピソードがありますが、同書は今も山形市立図書館に所蔵されています。

解説にも書いてあることですが、佐伯の私小説群では主人公以外にも同一の人物が複数の作品に登場しており、読者には読みながら作品同士の人的なつながりを考える面白さがあります。奈穂がアブラハムセンの作品に感銘を受けたエピソードは、『遠き山に日は落ちて』ではそれほど大きな意味を持ちませんが、『マイ シーズンズ』へとつながるエピソードとして読むことができます。佐伯文学を深く味わう人にとっては面白い箇所だといえるでしょう。