杉本純のブログ

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佐伯一麦とS

猿を飼っていた友人

佐伯一麦『Nさんの机で』(田端書店、2022年)の「コーヒーメーカー」には、佐伯の友人のことが書いてあります。

佐伯と中学時代から一緒だったSは、佐伯にクラシック音楽やコーヒーの美味しさを教えた人であり、高校時代には同人誌「青空と塋窟」を一緒につくった人でもありました。「コーヒーメーカー」の後の「点滴」を読むと、佐伯が山形新聞に「Nさんの机で」を連載している間に亡くなったことがことがわかります。佐伯はそのショックによるストレスで体調不良になり入院までしてしまったようなので、Sが重要な友人であったのは間違いありません。

「コーヒーメーカー」には、Sが自宅で猿を飼っていたことが書かれています。

 中学時代に、文学とクラシックへ音楽への目を開かせてくれたSのことは、以前に触れたが、インスタントではないコーヒーの味を教えてくれたのもSだった。中学校のすぐ裏手にSの家はあり、閉まっている裏門をよじ登って来れば、三十秒で教室の席に着ける、とうそぶいていた。誘われて学校帰りに立ち寄ってみると、そこは小学生から新聞配達をしていた私のかつての配達区域で、猿を飼っているので印象に残っている家だった。それを言うと、「ああ、猿を飼っていたのはおれだよ。もっとも、死んでしまったけれど」とSが言った。

佐伯の新聞配達体験というと、私小説である短篇「静かな熱」や「朝の一日」に描かれています。

この二つの短篇はともに、新聞配達少年の早朝の新聞配達の様子を描いたもの。それらを書いた時、佐伯は二十代ですが、猿がいたSの家の記憶はそれほど古くはなかったでしょう。

今回、その二つの短篇を再読してみました。「静かな熱」を改作したのが「朝の一日」なので、二篇はほぼ同じ内容ですが、いずれも猿を飼っている家については書かれていませんでした。

Nさんの机で