杉本純のブログ

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佐伯一麦と同人誌

文学同人誌というもの

三田文学」No.57(1999年春季号)に掲載されている「鼎談・文学を志す人びとへ 新人賞応募か、同人雑誌か」を読みました。鼎談は勝又浩、佐伯一麦、前田速夫の三名です。

内容は、前年に行われた、「いま我われはこのような新人を待つ」というテーマで文藝雑誌の編集長たちに原稿を書いてもらった企画が、平野啓一郎がそれに反応して「新潮」編集長の前田に手紙を送り、作品が芥川賞を受賞したという結果を出したことを受けての第二弾で、文学を志す人に向け「新人賞受賞か、同人雑誌か」をテーマに三人が話し合ったものです。

勝又は同人誌評を経験しており、前田は企画のきっかけとなった「新潮」の編集長だということですが、佐伯はこのテーマにどういう関係があるかというと、私はあまり無いように感じました。佐伯は新潮学生コンクールの選考委員をしていたし、高校生の頃に「青空と塋窟」という同人誌を出していたなど関係がなくはないですが、それはごく薄いもので、書き手としては新人賞一本で活動してきた作家だからです。

さてこの鼎談、文学フリマとか小説サイトとかKDPがある今からすると当然ながら、もはや同人誌か新人賞かという話ではないだろうという感じがします。

私は同人誌経験者ですが、参加した頃私は二十代で、三十代の人もけっこういたものの一人また一人とやめていき、ほどなく高齢の文学愛好者サークルのようになりました。その後、私も退会しました。同人誌には作品を出し合い、合評するという活動がありますが、プロからは「素人同士が批評し合ってるんだからしょうがない」と一笑に付されることがあり、たしかに俺の時もそうだったな、と私も思ったことがありました。

佐伯一麦が文学への決意

勝又が同人誌作品に対し、「とうの立った作品がいっぱいある」と笑ったり、「手だれという感じのがいっぱいあって、それは嫌みですね。それは多分自己満足しているんだと思う」と言ったりしているのには、身につまされながらも、ちょっと嫌な気分にもなりました。私は勝又の講演会もある同人誌の参加者の集まりに出て勝又の話を聞いたことがありますが、勝又は同人誌評もしているし、同人誌活動を重視している人と思っていましたが、馬鹿にしてもいたんだなと。

平野啓一郎が、自分は文学を通して聖性を回復したいと思っているが、そういう理念は新人賞には馴染まず、投稿が選考委員に回されてああだこうだ言われるのが嫌だから、面白ければ「新潮」に載せ、駄目ならゴミ箱に捨てられても仕方がない、という手紙を前田に送ったエピソードを前田が紹介しています。聖性!? と思いましたが、知らない人たちに回されて品評されるのが嫌だというのは(あらゆる新人賞がそうでしょうけれど)、少し共感もしました。

佐伯が「文学を一生やっていこうというのは、五つ、六つぐらいの時から決めていたから、例えば電気工事の仕事をやっているときでも、『自分は文学をやっている人間だ』という気持ちを全然失ってはいなかった」と言っていますが、佐伯が文学を決意したのはもっと後だったのではないかと思います。