杉本純のブログ

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イン・メディアス・レス

『書くことについて』には、「イン・メディアス・レス」という小説作法が古来から正統的なものの一つとされてきたと書いてある。これは最近本書を再読して目に留まった語で、最近まで私はこの言葉を知らなかった。

物語を最初から語るのではなく、途中から語り出す技法で、人物や世界の背景情報などはフラッシュバックによって説明するというもの。キングはこれを凡庸で陳腐な手法だと言っている。

宮崎駿の映画を見ると、全体の物語がすでに進行している途中で映画が始まっていることに気づき、シナリオが巧いなぁと感嘆させられる。ほとんど全作品に対しそう感じるし、特に『もののけ姫』については、映画全体の評価は別として、前提の出来事を巧く説明していると思う。

イン・メディアス・レスを用いるのは叙事詩では慣例であったらしく、考えてみると、上記の映画には叙事詩的な趣がある。他にもありそうだがすぐには思い浮かばない。

イン・メディアス・レス(in medias res:事件のまん中へ)は、ホラーティウスの『詩論』(岡道男訳、岩波文庫、1997年)で紹介されている。トロイア戦争トロイアの王子パリスがスパルタ王メネラーオスの妃ヘレネ―を誘拐したために起こるが、ヘレネーの誕生から語り始めるとすれば、戦争より十数年前から語らなくてはならないことになる。しかし作者(ホメーロス)は聞き手を事件の核心へと引き入れる、とのこと。

ホラーティウスはこうも言っている。

たとえ磨いても輝きを放つと思われないものには手をつけない。

物語を始めからだらだら語ったりはしない、ということだろう。グサッと来る人、けっこういるのではないか。私も。。