バルザックの『知られざる傑作』(岩波文庫、1928年)の水野亮による訳者あとがきには、バルザックは長篇のほうが知られているが、短篇でも読み応えのある作品がなくはない、と書いてある。続けて、
いったい、同一作家でありながら、同時にすぐれた長篇も書き、すぐれた短篇も書くということは、あまり見あたらない例なので、フランス文学だけで見ても、かっちりまとまった短篇の作家としては古今無双といいたいメリメは、長篇を物することができなかったし、それと反対にジョルジュ・サンドは、一つの物語を短い枚数におさめる手段を知らなかった。「ナナ」の作者、「モンテ・クリスト伯」の作者も同断である。
というポール・ブールジェの言葉を紹介している。ここにある「ナナ」の作者とは間違いなくゾラだ。ブールジェによると、ゾラは短篇の書き方を知らなかったということか。水野がゾラの短篇の手腕をどう思っていたかは分からない。
ゾラの短篇集『水車小屋攻撃』(朝比奈弘治訳、岩波文庫、2015年)の表紙には、
自然主義を提唱した長篇作家として知られるゾラ(1840-1902)は、短篇小説の名手でもあった。
と書いてある。
ちなみに「水車小屋攻撃」は「メダン夜話」という短篇集に収められていたもので、これは当時の自然主義作家たちが普仏戦争を題材に持ち寄った作品をまとめたもの。
モーパッサンの「脂肪の塊」もこの中に収められていて、これを水野は訳している。当然「水車小屋攻撃」の存在を知っていただろうし、読んでもいただろう。
水野にはゾラを訳した形跡はないが、『仏蘭西写実主義』(生活社、1946年)という著書があり、バルザック、フローベール、ゾラについて書いているようだ。