杉本純のブログ

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佐伯亨の「静かな熱」

佐伯一麦のデビュー作は1984年の「海燕」新人賞受賞作「木を接ぐ」だが、その前年の1983年、本名の佐伯亨による「静かな熱」という短篇が「第27回かわさき文学賞」に入選している。佐伯は、上京したての頃に川崎市に在住していたことがある。

「かわさき文学賞」は1957年に川崎健民新聞社主催、川崎市職員文化会文芸部共催により発足した。芥川賞作家の八木義徳などが選者に参加し、回を重ねたが、第50回となる2006年をもって終了した。私はかつて川崎市で文学同人に参加し、川崎市は「文学不毛の地」などと言われているがどうやら「DELTA」という同人誌があるらしい、などという話を聞いていたが、その「DELTA(「でるた」「デルタ」などと誌名変更していたようだ)」が、川崎市職員文化会文芸部の発行物だった。また文学賞が生まれる昭和30年ごろは東芝、コロンビア、昭和電線、昭和電工日本鋼管川鉄などの企業に文学サークルがあり、「でるた」の呼び掛けによって毎月合評会や研究会を開いていたとのこと。面白い。

以上のことは、文学賞創設三十周年を記念した冊子『かわさき文学賞作品集』(緑書房、1986年)や五十周年記念作品集『かわさきの文学』(審美社、2009年)を読んで知った。四十周年記念冊子も存在する。

さて「静かな熱」は、このたび三十周年記念冊子で読んだ。主人公は南条鮮という十七歳の少年で、新聞配達のアルバイトをしている。場所は明記されていないが、この作品は二瓶浩明の佐伯年譜によると高校時代の習作を整理したものであるらしいので、仙台を舞台にしていると見ていいだろう。ちなみに作中には新聞配達の区域内に刑務所があり、そこがある武将の隠居所だった城跡に建てられたものだという記述がある。

小説は新聞配達をするわずかな時間の少年の心の揺れ動きを描いている。南条鮮の中学時代の仲間が、光江という少女が妊娠したぞと噂をしている。そして、仲間はその子の父親は鮮だというのだが、鮮は童貞なのである。『ア・ルース・ボーイ』の前日談を思わせる設定である。

新聞配達で住宅地らしき場所を廻る描写が鮮やかな、佐伯一麦らしい小説である。