杉本純のブログ

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三人称 鉄塔(賽助)『手持ちのカードで(なんとか)生きてます。』

著者は同年

三人称 鉄塔(賽助)の『手持ちのカードで(なんとか)生きてます。』(河出書房新社、2023年)を読みました。

本書は言わばエッセイですが、通常のエッセイとは違います。河出書房新社の「14歳の世渡り術」シリーズの一冊で、いうなれば中学生の男女に向けた人生指南書のようなコンセプトなのでしょう。世の中を斜めに見たり批判したりするような「毒」はありません。

とはいえ、著者が私と同年ということもあり、また同じく元小説家ワナビでもあって(私は「元」ではありませんが)、しかもどうやらこじらせていたらしい形跡も読み取れて(私は過去形ではありませんが)、読んでいていろいろと考えさせられました。

なお「14歳の世渡り術」シリーズは三人称 鉄塔(賽助)の他に、雨宮処凛橘木俊詔石原千秋永江朗などが書いています。

ひきこもりからゲーム配信者、小説家へ

著者は、「三人称 鉄塔」という名前でゲーム配信者として活動し、「賽助」という名前で小説家として活動しています。小説は『はるなつふゆと七福神』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年)、『君と夏が、鉄塔の上』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018年)の二冊を出しているので、次は小説を読んでみたいと思います。

さて、本書は44歳の鉄塔さんの自伝的エッセイともいうべきものです。鉄塔さんが子供の頃から抱いていた欲求は「目立ちたい」で、演劇部に入ったり大学卒業後に就職せずコント活動をしたりします。しかし、周囲の人は活動が少しずつ広がっていくものの鉄塔さんは広がらず、やがてひきこもりになります。

この、ひきこもりになる辺りから、ゲーム配信者と小説家になる道が始まったようです。ちなみに鉄塔さんは埼玉県出身で、玉川大学芸術学部を卒業後はフリーターなどをしながら夢を追いかけていましたが、実家に住んでいたので、即座に危機的状況になる可能性は低かっただろうと思います。

ニコニコ動画でゲーム実況を知り、自身も動画投稿を始めたのが2009年頃。その後、のちに一緒に「三人称」を結成する仲間たちと出会い、2011年に「三人称」を結成しました。小説はその間ずっと書き続けていたようで、『はるなつふゆと七福神』が第1回「本のサナギ賞」を受賞したのが2014年です。

それに比べて俺は…

こうして時系列を整理してみて感じるのは、一種の「悔恨」です。鉄塔さんが人生を切り開いていった2009年頃から2014年までの間、俺はずっと会社員としてライターをやったものの、肝心の物書きとしての人生は切り開けなかったのだ、と。とはいえ、過去を悔やんだって仕方がないことくらい私もわかっているので、この悔恨の気持ちはそんなに深く胸に食い込んでくるわけではありません。

とはいえ、本書の冒頭にある、鉄塔さんの年表とともに流れている「メンタルバロメーター」が、2009年辺りを「UNHAPPY」の底辺としてそこから2014年辺りまで上昇し続け、以降現在に至るまで「HAPPY」の高い位置をキープしているのを見ると、それに比べて俺は…と、暗澹たる思いがしないではありません。

私のメンタルバロメーターを振り返ると、恐らく2008年くらいまでが底辺で、そこは鉄塔さんと似ているかもしれません。2009年以降は、普通の生活は維持できていましたが…まぁ、いろいろ辛いことがありました。HAPPYの方へ上っていったという実感は、残念ながらないですね。それどころか、UNHAPPYの方へ下がったと思うことが多々ありました。

手持ちのカードで勝負するしかない

「経験は、いずれ必ず生きてくる」と、鉄塔さんは書いています。この言葉が真実なら、私のメンタルバロメーターが低かった時期の経験は、今後生きてくるのでしょう。いや、私自身すでに、辛かった時期があったから小さな幸運を喜べるようになったと思っていますし、いかなる経験も書き物や表現に生かせるものだと、体験を通じて感じています。しかし、払った分を取り返したとはぜんぜん思いませんね。

さて。私の辛かった経験は、今後人生を盛り返していく力になるのでしょうか。恐らくそれは、私自身の選択と努力によって左右される気がします。

本書には、スヌーピーの言葉“You play with the cards you're dealt”(与えられたカードで勝負するしかないんだ)に鉄塔さんが感銘を受けたことが書かれています。

不思議なことに、私はここ数年でこの言葉に数度遭遇しています。ライターとしてインタビューした中にこの言葉を座右の銘にしている人が数人いましたし、今回はこの本で見ました。

私もこの言葉に感銘を受けました。過去の経験を小説などに生かすには、過去の経験という「配られたカード」で勝負するしかないのでしょう。私のメンタルバロメーターが思うように向上しなかった理由の一つは、手持ちのカードが気に食わず、もっといいカードが回ってこないかと期待してばかりいたことだと思います。

「足るを知る」とか、スケールの小さなことを言うつもりはなく、高みを目指して貪欲に行きたいものですが、手持ちのカードを嘆いても仕方ない、手持ちのカードで勝負するしかない、これは真実ではないかと思っています。

不思議な親近感

本書は、鉄塔さんが同年ということもあってか、感銘を受けたというよりは、共感するところが多かったですね。

また同年というだけでなく、鉄塔さんには気質の部分でも親近感を抱きました。鉄塔さんは恐らく、いわゆる「HSS型HSP」の気質の持ち主ではないかと思うところがあり、また前述のとおり「こじらせ」だったところなどにも、自分と近いものを感じます。