杉本純のブログ

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佐伯一麦と喫茶店

佐伯は喫茶店が好きなようで、随筆に時おり喫茶店の思い出などが語られることがある。ちなみに佐伯が前妻と出遭った店は、その元妻とのことが書かれた私小説を事実だとすると、夜はスナックになる高田馬場の喫茶店である。

『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「名曲喫茶『田園』」を読むと、高校時代には仙台市青葉区国分町にある「田園」という喫茶店に通っていたらしい。その店は脚本家の内館牧子の叔父が経営していたそうで、内館は27歳の頃に店の経営をやらないかと誘われたらしい。ところがその店は大きなスピーカーでクラシックを流していたようで、クラシックが苦手な内館はその雰囲気に馴染めなかったらしい。

ところで、ここは佐伯の人生の大きな舞台になった場所である。高校時代、進路決定が迫ってきた時期に佐伯はこの店で親友に会い、自分は大学には行かず、働きながら小説を書くと決心したことを告げたらしい。その時、店にはショスタコーヴィッチの交響曲第五番の冒頭が流れていたという。

佐伯にとってクラシックは、人生のところどころに登場する意味で重要な存在だが、喫茶店の存在もまた大きなものだと思う。