杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

2019-01-01から1年間の記事一覧

和田芳恵「小説と事実」

『和田芳惠全集 第五巻』(河出書房新社、1979年)に収録されている「小説と事実」は、「長篇「暗い流れ」を書き終って」という副題がついている。「北海道新聞」1977年2月25日に発表された随筆で、『暗い流れ』執筆の思い出などが語られている。 「暗い流れ…

文学研究は不幸?

和田芳恵『暗い流れ』 に面白い箇所がある。 第一外国語学校に受験生の夏季講座があり、私は途中から受講することにした。元一高の教授だった岡田実麿が英語の訳解を教えていた。いわゆる紳士といった風格があり、堂堂とした恰幅だった。 教室の椅子は、五、…

瀬戸内寂聴と和田芳恵2

昨日のブログは、瀬戸内寂聴と和田芳恵が対談し、和田が瀬戸内に対し「男に関して間違っていることがある」と言った、というエピソードを書いた。 この対談は何だろう、と思って調べてみたら、瀬戸内と和田は「海」1975年12月号で「老年のエロス」というテー…

瀬戸内寂聴と和田芳恵

瀬戸内寂聴と山田詠美の対談『小説家の内緒話』(中公文庫、2005年)を読んだ。 面白かった。全四章の対談でどの章も面白いのだが、最後の第四章「場所の記憶」で、瀬戸内が和田芳恵との対談の思い出を話しているところがあり、とりわけ印象に残った。男と女…

「場所」と小説

瀬戸内寂聴と山田詠美の対談『小説家の内緒話』(中公文庫、2005年)は毎回一つのテーマをめぐって二人が語り合う全四章の対談だが(とはいえ対話を通してテーマを深く追究しているわけではない)、最後の第四章は「場所の記憶」というもので、瀬戸内が『場…

新河岸川風土記2 浮間橋

板橋区を横切る新河岸川について、調べたことや見聞きしたを綴り、新河岸川が支え、育む文明・文化を伝えていく「新河岸川風土記」。第二回となる今回は、隣の北区のJR埼京線「北赤羽」駅に添って新河岸川に架かっている「浮間橋」について書きます。 「浮間…

「私小説とカネ」

私小説研究会編『私小説ハンドブック』(勉誠出版、2014年)の山本芳明「私小説とカネ」を読んだ。タイトルからして、私小説の中に書かれてきた作家と金の問題について研究したものかと思ったが、私小説というジャンルの勢力が国の経済事情や出版市場の浮き…

物書きと孤独

瀬戸内寂聴と山田詠美の対談『小説家の内緒話』(中公文庫、2005年)で、外国人の夫を持つ山田詠美がこんなことを言っている。作家である自分に対し、家の中で家族が何かと話し掛けてくる、という話。 山田 孤独がいいっていう感じは、分からないみたい。で…

教養のあるなし

「ギフテッド」という、先天的に平均よりも高い知能を持っている人がいて、その人は平均的な人びとに合わせて生活したり行動したりすることができない、というかとても苦しいのだそうだ。 ギフテッドの苦しさは知能の高さ・低さに起因するが、私は教養につい…

佐伯一麦『ミチノオク』第一回 西馬音内

「新潮」11月号から佐伯一麦の『ミチノオク』が始まった。目次には「待望の連作短篇、始動!」と紹介されている。 連載第一回は「西馬音内」という題で、これは「にしもない」と読む。秋田県雄勝郡羽後町の大字である。内容は、主人公が、キリスト教系の雑誌…

「苦しみのアブラ汗」

司馬遼太郎『ビジネスエリートの新論語』(文春新書、2016年)の「あるサラリーマン記者」の冒頭に胸を打たれた。 私は、新聞記者(産業経済新聞社)である。職歴はほぼ十年。その間に、社を三つ変り取材の狩場を六つばかり遍歴した。 むろん最初の数年間は…

バカは勉強しろ。

二十歳を過ぎた頃から勉強してきたつもりだが全然足りない。 単に本を読んで情報をインプットすりゃいいってもんじゃなくて、その情報を使って行動し、結果につなげてみないことには実のある勉強をしたとは言えないんじゃないか。 例えば政治にしても経済に…

緊張と弛緩

学生時代にバルザック関連か何かの本を読んで、藝術家にとって仕事は遊びで休暇こそ義務だ、とか何とか書いてあってひどく感銘を受けたのを覚えている。藝術志望の学生らしく、世の中を巧く言い当てた(ように見える)逆説的言説に魅了されたのである。 今で…

創作雑記11 主題とキラーインフォメーション

プレゼンテーションに使う企画書の中で最も力強く相手に訴えかける、最重要の言葉を「キラーインフォメーション」というそうだ。この言葉は、広告業界など、クリエイターがクライアントにプランを提案したりする世界でよく使われている。私は、プランニング…

「二人の老サラリーマン」2

司馬遼太郎『ビジネスエリートの新論語』(文春新書、2016年)の「二人の老サラリーマン」は、司馬が出会った文字通り「二人の老サラリーマン」のエピソードが書かれている。 二人目は高沢光蔵という、新聞社の地方版を作る部にいた人だ。元は「新聞発行人」…

「二人の老サラリーマン」1

司馬遼太郎の『ビジネスエリートの新論語』(文春新書、2016年)は、発売当時、司馬の「20年ぶりの新刊! 初の新書!」と帯に書かれていたのが面白そうだったから買った。昭和30年代に司馬の本名(福田定一)で刊行された幻の本だというので、けっこう話題だ…

創作雑記10 ストーリーと主題の対応図

こないだは、小説におけるストーリーと主題は旅における地図とコンパスではないか、と書いた。 地図とコンパスがあれば旅ができる。つまりストーリーと主題が用意できていれば小説が書ける。…のではないか。 私はこのたび、ストーリーと、それを構成するエピ…

人生は楽しいか?

いくたりかの知人が充実した青春時代を送っていたことを知り(少なくとも私からはそう見えた)、気が沈んでしまった。 知人たちがそれぞれ、学生時代とか独身時代に世界の各地を旅し、未知の世界を自ら開拓した喜びを全身で表しているような姿の写真を、いく…

小説家とパン屋と八百屋

瀬戸内寂聴が山田詠美との対談集『小説家の内緒話』(中公文庫、2005年)の第二章「死」の中で、小説家は藝術家であって他の職業とは違う、と言い、過去の宇野千代との会話を紹介している。 宇野さんがあるとき、私の小説を読んでくださって、「瀬戸内さん、…

青春不完全燃焼

森鷗外は官途に精励する傍ら小説を書き続け、睡眠時間は一日四時間程度だったと聞いたことがある。軍医総監としての森林太郎のことはよく知らないが、森鷗外として文名を確立させつつ、それだけ刻苦して文学に邁進したのはすごい。それには理由があって、鷗…

新河岸川風土記

新河岸川は埼玉県南部と東京都の北多摩地区、西北部の一部を流域に持つ都市河川で、流域面積約411㎢、流路延長33.7kmの一級河川です。 もともとの水源は川越市の「伊佐沼」でしたが、現在の源は赤間川という埼玉県川越市を流れる川です。板橋区を流れる新河…

創作雑記9 主題を細部に響かせる

私小説を書いていて、途中から「これでは単なる手記ではないか?」と思い始め、考えた結果、数十枚分をばっさりと落としてしまうことがある。勢いが出てきてガンガン書き進められている間は楽しいのだが、冷めた目で読み返してみると、この小説はそもそもこ…

山田詠美の私小説

瀬戸内寂聴と山田詠美の対談『小説家の内緒話』(中公文庫、2005年)の第一章「私小説」の冒頭で、山田自身が初めて私小説を書いた時の心境を語っている。 私小説は自分のことを書くものだが、自分から一番離れたものを突き放して書く冷静さが必要だと言い、…

知りたいから調べる。

文学に関する調べ物を続けていて、本で読んでも分からないことはけっこう図書館などのレファレンスを頼って調べる。私は幸い、今までレファレンスサービスの人に冷たくされたことがないが、ある人によると、図書館員は「研究」というものを理解しているそう…

「昭和の滝田樗陰」

瀬戸内寂聴は山田詠美との対談『小説家の内緒話』(中公文庫、2005年)で、高岡智照をモデルにした『女徳』について語っている。 『花芯』を書いてからは文藝誌からお呼びがかからなかったが、ある時、編集者から呼ばれたので行くと、「週刊新潮」に連載しろ…

川崎市役所は左翼の牙城だった?

佐伯一麦に関する色んな本を読む一環で島田雅彦の自伝小説『君が異端だった頃』(集英社、2019年)を読んでいるのだが、何とも興味深い一節があった。 小説では「君」と書かれている主人公の「島田雅彦」は、中学を出た後、川崎市の北部から南部の県立川崎高…

私小説と善悪

瀬戸内寂聴・山田詠美『小説家の内緒話』(中公文庫、2005年)がやたら面白い。これは2002年に刊行された『いま聞きたい いま話したい』(中央公論新社)を改題したもので、中身の二人の対談は2000年から2002年にかけて「中央公論」や「婦人公論」に掲載され…

「余生の何を楽しむんですか」

BS1スペシャル「三島由紀夫×川端康成 運命の物語」を見る機会があった。 三島と川端がなぜ自殺したのかとか、私は二人を研究しているわけでもないし、あまり興味がなかったのだが、番組を見ていて、感銘を受けるというか胸に響いてくるところがあった。 宮本…

アメリカ探偵作家クラブ『ミステリーの書き方』

アメリカ探偵作家クラブ『ミステリーの書き方』(ローレンス・トリート編、講談社文庫、1998年)を読んだ。 アメリカのミステリー作家たちが自分の創作術を披瀝した本で、とにかくためになった。文章の削り方とか、ストーリーの組み立てにおいて大切なのは劇…

アウフヘーベン雑感

小池百合子がきっかけになって流行した「アウフヘーベン」は哲学の用語で、ヘーゲルが弁証法において提唱した概念である。 岩波書店の『哲学・思想事典』(1998年)では ヘーゲルの弁証法においては,有限で一面的な悟性的規定の否定が重視されているが,そ…