杉本純のブログ

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佐伯一麦『ミチノオク』第一回 西馬音内

「新潮」11月号から佐伯一麦の『ミチノオク』が始まった。目次には「待望の連作短篇、始動!」と紹介されている。

連載第一回は「西馬音内」という題で、これは「にしもない」と読む。秋田県雄勝郡羽後町の大字である。内容は、主人公が、キリスト教系の雑誌の企画で対談した「T医師」に教えられた西馬音内の盆踊りを現地に見に行く、というもの。「ぼく」という一人称で書かれているが、これは佐伯の小説では珍しいと思う。

「T医師」との対談は東日本大震災に関わるもので、死者とか魂について、主に医師の方がよく語った。盆踊りも霊魂とか鎮魂などに関わるだろうから、つまりこれが小説の主題なのだろう。

もっともこの作品、主人公の独白と回想と情景描写が延々と続いていて、ほとんど随筆か紀行文ではないかと思われるほどである。小説の軸となるほどの人間関係が描かれているとはいえず、「ぼく」がひたすら亡くなった親族や知人に思いを馳せている。

平板な風景や行動の中に回想が入り込んでくるのは、『渡良瀬』や『鉄塔家族』などの手法と似ていると言える。佐伯文学を読み解く鍵の一つは、ストーリーに寄り添うように展開する主人公の「過去の体験」であり、これが表面的には平和な生活の中にフラッシュバックのように飛び込んできて、日常生活の奥深くに潜んでいる情念のようなものを浮かび上がらせる。この書き方は実は「木を接ぐ」などでも使われていたが(この頃は「平和な生活」ではなかった)、『渡良瀬』あたりになるとだいぶ情念の強度が落ちてきて、今作もかなり微妙である。

さて羽後町は秋田県の南部にあり、山形県に近いところにある。小説には「湯沢」という地名も出てきて、私は一瞬「新潟か?」と思ったが、羽後町の隣りに湯沢市という市があり、「ぼく」はその市内のホテルに宿泊する。

西馬音内の盆踊りは、作中に「国の重要無形文化財に指定されている」とあるが、実際にかなり有名な盆踊りのようだ。小説では小雨が降っていて、そのため盆踊りは体育館での開催となる。「国道に面した総合体育館へぼくは向かった」とあり、盆踊りが終わった後、外へ出た「ぼく」は「隣接している道の駅の駐車場から、予約しておいたタクシーに乗った」とある。地図で調べてみたら、実際に羽後町の総合体育館は道の駅に隣接しているようなのが分かった。

後半は室内で行われる盆踊りの濃い描写が繰り広げられる。「ぼく」は湯沢で一泊した後、信州での仕事が控えているようなので、第二回は信州が舞台になるのだろうか。

佐伯一麦の連載『ミチノオク』、リアルタイムで読んでいこうと思う。