杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

山田詠美の私小説

瀬戸内寂聴山田詠美の対談『小説家の内緒話』(中公文庫、2005年)の第一章「私小説」の冒頭で、山田自身が初めて私小説を書いた時の心境を語っている。

私小説は自分のことを書くものだが、自分から一番離れたものを突き放して書く冷静さが必要だと言い、瀬戸内も同意している。

山田が書いた私小説とは「最後の資料」という短篇で、「文學界」1999年1月号に掲載された。今は短篇集『マグネット』(幻冬舎、1999年)に収められている。主人公の義弟が1998年の6月に拡張性心筋症という病気で死んだことから筆が起こされていて、義弟にまつわるいくつもの思い出が語られる。義弟は捜査一課の刑事で、作家である主人公は義弟から犯罪に関する情報をいくつも提供され、小説の創作に活かしていた。小説というよりは主人公と義弟の思い出話が綴られた随筆風の趣で、とはいえ一風変わった味わいを醸している。

『マグネット』は九篇の短篇を収めていて、「あとがき」には次のように書いてある。

この作品集の中で、たった一編だけ、特定の人物に対して書かれたものがある。ここで、改めて説明するまでもなく、ラストに収められた「最後の資料」のことだが、これは、昨年(引用者注:1998年)、他界した義弟に捧げたいと思う。彼の言葉がなかったら、この作品集を書き始めるのは不可能だった。