杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

2022-07-01から1ヶ月間の記事一覧

「電工日誌」の謎

幻のエッセイ? 先日このブログで佐伯一麦のエッセイ「電工日誌」に触れました。『Nさんの机で』(田畑書店、2022年)の「流行歌」という章に、デビュー後に「新潮」の風元正の依頼を受けてそのエッセイを提出した旨が書かれていたのです。このブログの先日…

遠心力

少年期の好奇心 佐伯一麦は1995年からノルウェーに渡り、長篇『マイ シーズンズ』(幻冬舎、2001年)の着想を得ています。このノルウェー行きは佐伯にとって恐らく二度目の海外渡航でしたが、その背景にあった事情が『Nさんの机で』(田畑書店、2022年)の「…

「育てる」雑感

前提は「課題の分離」 以前、ある会社の社長にインタビューをした時、社員の育成についてその社長がこんな風に話していました。 「そもそも人を育てるなんておこがましい。その人が育つ機会になる仕事を与えて、見守ったり一緒に頑張ったりするしかできない…

「いかに掘り下げたか」

孤独の意味 ある人がTwitterで、税理士試験が近づくと自分がかつて経験した「暗黒の5年間」を思い出す、という税理士の言葉を引用していました。 その税理士が言うには、上京後の自分には華やかな青春の1ページなどというものはなく、ただ一人で読書と勉強に…

「十九歳の地図」と「朝の一日」

「朝の一日」の方がいい 昨日、中上健次の短篇「十九歳の地図」のことを書きました。 佐伯一麦は、新聞配達少年を主人公にした「朝の一日」という作品を書いた後、同じ新聞配達を主人公にした「十九歳の地図」の存在を知り、失望したとのことです。「木を接…

中上健次「十九歳の地図」

主人公は新聞配達少年 中上健次の短篇「十九歳の地図」(『十九歳の地図』(河出文庫、1981年)所収)を読みました。 松本健一による巻末の「著者ノートにかえて 同時代の爆弾」には、本作の初出は「文藝」1973年6月号と書いてあります。 自分を「唯一者」と…

真実と果実

「面白くてためになる」ということ これまである程度の量の小説を読み、映画を観て、自分自身も小説やシナリオを書いてきましたが、なべて作品というものは真実を表し、なおかつそれ自体が果実であることが大事だと思いました。 いきなりそういう想念が湧き…

執筆時間の生存

おかしなタイトルですが、昨日書いた「読書時間の喪失」の対になるような言葉を選びました。 読書時間は多忙の中で減ってしまいましたが、ブログ記事と日記をしたためる時間だけは無くなりません。やはり自分という人間は、書くことだけは辛うじてでも続けら…

読書時間の喪失

この二日ほど、本を読めていません。不思議なのは、すでに一週間くらい本から離れているような気がすることです。 読めないのは、かなり慌ただしいことが理由ではありますが、読書時間が少しの間だけ失われたことがこれほどの喪失感をもたらすのは意外なこと…

作家と投資

羽田圭介と投資 昨日の朝日新聞朝刊13面の「耕論」は「『資産所得』を倍増?」というテーマで、作家の羽田圭介のコメントが載っていました。こちらは朝日新聞のweb版でもっと長いものが読めるようですが、私は新聞の方だけを読みました。 羽田が投資をやって…

遠望

遠くを見ること。近ごろ心掛けていることです。 一日に何時間もパソコン作業をやって眼と脳を疲れさせてしまうと、実際の視野とともに思考の視野も狭くなってしまいます。これは生活上はもちろんのこと、人生にとっても大きな損失を被ることにつながると私は…

60000アクセス突破

「継続は力なり」の意味 このブログの総アクセス数が60000を超えました。 30000から40000までは半年足らずで、40000から50000はさらに短い期間で到達しましたが、50000から60000までは8か月以上かかっており、数値的には伸び悩みの様相を呈しています。 言い…

「十九歳の地図」の不思議

おかしな誤植 中上健次の「十九歳の地図」(『十九歳の地図』(河出文庫、1981年)所収)を読んでいて、おかしな誤植がありました。107ページ1行目。 …今日もしかするとあなたがきてくれんるじゃないか、そう思って… 正しくは「きてくれるんじゃないか」のは…

水の恵み

「夏の夕方 感じる水の恵み」 朝日新聞7月13日朝刊28面に、佐伯一麦のエッセイ「想 ケヤキのハンモック」が掲載されています。 「夏の夕方 感じる水の恵み」という見出しがつけられた今回は、自宅から列車が見える東北新幹線が3月16日の福島県沖地震で運休し…

つまらない映画を最後まで観るか

後で面白くなることはまずない 三田紀房『インベスターZ』2巻(講談社、2013年)を読んでいます。けっこう前に1巻を読み、その後もマイペースで読み続けています。 2巻の冒頭は、主人公が買ったある会社の株の株価が下がり始め、含み損になる前に売ったこと…

お金のはなし13 貯金と投資

お金を働かせる人とお金のために働く人 大河内薫・若林杏樹『貯金すらまともにできていませんがこの先ずっとお金に困らない方法を教えてください!』(サンクチュアリ出版、2021年)を読んでいます。同じ二人による『お金のこと何もわからないままフリーラン…

少年漫画を売った日

大学に入って実家を離れるのを機に、持っていた少年漫画を全て売り払い、映画や文学、中でも古典的な作品に接するようになりました。当時すでに連載中だった「ONE PIECE」を読むことだけはやめませんでしたが。 今振り返ると、実家を出て親元を離れ、漫画を…

「朝の一日」と「静かな熱」

処女作はどれか 佐伯一麦『Nさんの机で』(田畑書店、2022年)の「流行歌」という章には、佐伯の1986年発表の短篇「朝の一日」について書かれています。 これは新聞配達少年を主人公にした話で、厳密な意味での佐伯のデビュー作「静かな熱」(1983年に第27回…

性弱説

性善説と性悪説があるのに対し、「性弱説」という考え方をしている人がいました。人間は根が善いとか悪いとかでなく、本来は弱い生き物であり、だからしばしば失敗するという考え方です。 なるほどたしかにそうかもしれません。人間は弱いからこそ、失敗した…

無為

デフォルトモードネットワーク ここのところ、公私ともにかなり多忙で、参っていました。脳の疲労はすべてに悪影響を及ぼすようで、読書もままならず、7、8時間眠りたいのに早く床に就いても6時間経ったくらいで朝早くに目が覚めてしまう、日中もずっしりと…

教師根性

実作を続けること Twitterで「教師根性」という言葉が批判的に使われているのを見ました。そのツイートは、年下など立場が下の人に偉そうに説教垂れていることを批判していたのでしたが、教師経験者にはたしかにそういう嫌な部分を持っている人がいるなぁ、…

佐伯一麦と同人誌

文学同人誌というもの 「三田文学」No.57(1999年春季号)に掲載されている「鼎談・文学を志す人びとへ 新人賞応募か、同人雑誌か」を読みました。鼎談は勝又浩、佐伯一麦、前田速夫の三名です。 内容は、前年に行われた、「いま我われはこのような新人を待…

墓木已に拱す

「ぼぼくすでにきょうす」と読みます。 墓の上に植えられた木がすでに一抱えもあるほどに生長している、という意味です。つまり、死んで長年経っている、ということ。しかし元の意味は、本来ならそうなっているはずだが生きている死にぞこない、長生きして邪…

脳の萎縮

近ごろ、読書していても内容が頭に入ってこず、困っています。 ストレスや疲れは脳を萎縮させ、認知機能を低下させるし、集中力も低下させるというので、考えてみればこれほど危険なものはないと思います。ここ数日、仕事でもミスを連発し、具体的にはメッセ…

北京の電気工

佐伯一麦『Nさんの机で』(田畑書店、2022年)を興味津々で読む毎日です。このことは前にも書きましたが、本書に書いてある佐伯の伝記的事実の多くは、佐伯の他のエッセイにも書いてあります。しかし、他のエッセイよりも本書の方が詳しく書いてあるのが面白…

昭和59年6月30日

佐伯一麦が「海燕」新人文学賞を受賞した「木を接ぐ」を書き上げた日です。土曜日だったようです。当時、私は4歳で、幼稚園に通っていたはずです。 その日は「海燕」新人賞の応募〆切日で、佐伯は郵便局の窓口から送付したそうです。だが、制限枚数に合わせ…

「小説を書くことを嫌がっていたので…」

佐伯一麦と逗子のアパート 佐伯一麦『Nさんの机で』(田畑書店、2022年)を読んでいます。本書は「ものをめぐる文学的自叙伝」とサブタイトルにもある通り、佐伯が自身の人生を、モノとともに振り返って語る内容です。私としては、他の佐伯資料と比較をしな…

世界を創り、お話を書く。

小説家の生活 これまで小説を何作も考え、書いてきましたが、最近はちょっと距離を取り、休んでいます。 それで散歩などしながら、ときどき考えるのですが、私がこれまで飽かず追求し、目指してきた小説家って、そもそもどういう仕事なのだろうか。作品を仕…

映画『ダンボ』を観た。

惨めな子の勇敢で美しい生き方 1941年のディズニー映画『ダンボ』(ベン・シャープスティーン監督)を観ました。人生で恐らく三度目の鑑賞です。 サーカス団のゾウの子ども・ダンボは、耳が特別に大きいことが理由で虐められるが、最終的にはその大きな耳で…

達人のサイエンス

達人の境地=マスタリー ジョージ・レナード『達人のサイエンス』(日本教文社、1994年)をところどころ拾い読みしているのですが、これがやたら興味深いです。 本書はひと言でいえば、「熟達すること」についてあらゆる角度から述べたもので、人の人生のあ…