杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

いま書かなければ書くときはない。

ゲーテの『若きウェルテルの悩み』(竹山道雄訳、岩波文庫、1951年)は、深く心打たれた小説の一つ。初読はたしか大学時代で、新潮文庫高橋義孝訳のものを読み、その後岩波の竹山訳を読んだ。私は竹山訳の方が良いと思う。

親友のいいなずけである女性を好きになり、失恋するだけでなく自殺してしまう。前半の失恋はゲーテ自身の恋愛体験が元になっており、後半の自殺はイェルーザレムの失恋自殺が元になっている。

ようするに失恋小説なのだが、ところどころにゲーテらしい、人生の名言めいた文句が書かれている。

中でも感銘を受けたのが「いま書かなければ書くときはない。」という文句で、本書を初読した時にえらく感動した。その箇所には赤ペンで波線が引かれており、当時の私の思いを物語っている。

取材原稿は取材後なるべく早く執筆しなくてはならない、といったレベルのことではなく、書きたいと思っている題材を「いつか書こう」などと考えて書かずにおくと、もう書くときはない。感動や意志は生ものであり、それを燃やして表現しないでおくと、あっという間に消えてしまう。消えるだけならまだましだが、思いが強ければ強いほど、燃やさずに放っておくと不完全燃焼になって胸の中でくすぶり、やがてしこりになってしまう。何かの拍子にその題材を思い出して後悔することになるのだ。

だから物書きという生き物はとにかく書き続けなくてはならない。因果な商売だと思う。