典型を描いた名作
蔵書を大量に売却・廃棄しています。本棚の数が減るくらいの大仕事になっています。
長年にわたり我が書架にあった書物との別れは、やはり私にとって大きな出来事です。寂しさもあれば、これを機に新しい生活へと踏み出す期待もあります。まるで一つの小説のようです。
以前、twitterをフォローしているブロガーが、本を処分する時は書評なり感想をブログ記事にすればネタを補充できていい、とツイートしていました。すばらしいアイデアだと思いますしたし、上記のように出会いと別れにはさまざまな思いがありますので、それを記録の意味もこめて綴っておきたいと思いました。
前回は伊藤整の『日本文壇史』(講談社文芸文庫)に触れました。今回は、セルバンテス『ドン・キホーテ』(牛島信明訳、岩波文庫)です。
世界文学の古典的名作をなるべく多く読むことは、私のライフワークになっていて、本書はまさにその一環で手に取ったものです。いつ読んだかはすでに思い出せませんが、30代の半ばくらいかと思います。
騎士道物語の読みすぎで頭がおかしくなってしまったアロンソ・キハーノ(ドン・キホーテ)と、馬のロシナンテ、農夫のサンチョ・パンサの珍道中。ドン・キホーテが起こすトラブルが主たる筋で、前篇が出版された後に書かれた後篇では、前篇に言及し、批評するなどメタフィクションが導入されている作品でもあります。
前篇後篇ともに3冊あり、計6冊になる浩瀚な長篇小説ですが、私が覚えているエピソードはドン・キホーテが巨大な風車に突進していくところくらい。ただ、自分に幻想を抱いている人が、それゆえに勘違いをしてしまい、現実の世界でさまざまな間違いを犯すというのが本作の主要なテーマの一つで、それは今の世でも形を変えて起きていると思います。自己幻想の不幸を典型的に描き出している点で、本作は名作と呼べると思います。
そういえば、阿部和重の『アメリカの夜』に、自分をドン・キホーテのように見る箇所があったと記憶しています。後世への影響はそういうところにもあるわけですが、まぁ、本作そのものはあまり面白くはありません。ただ、私はギュスターヴ・ドレによる精緻な挿絵が好きで、それを眺めるのも一興な作品ではあります。
本書を置いていない公立図書館などあるのだろうか、と思うほどポピュラーな古典作品なので、このたび手放しました。