杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

魂の産婆術

必読の書

井上真琴『図書館に訊け!』(ちくま新書、2004年)は、調べ物をする人は必読の本じゃないかと思うくらい、調査・研究の基礎知識を広く与えてくれます。読んでいて、この一冊でいいんじゃないか、と思うくらいですが、そんな風に思うのは恐らく著者の井上にとって歓迎できないことではないかと思います。調査・研究の方法論、実際に使うレファレンスの類いも、なるべく多様なものを試してみて、使ってみることが大切でしょう。

読みながら私自身の調査・研究の活動を思い返してみたら、自分はかなり行き当たりばったり、力任せな調べ物をしていたことがわかりました。私の調べ物の鍛錬は、「ほぼ我流」でした。読んで感銘を受けた学術書を参考に、何をどう調べたらこういう本が書けるようになるだろうか、という考えだけで、ひたすら自力で調べまくっていました。もっと早く、この本に出会いたかった。そうすれば、調べ物の初期の段階でレファレンスを広く漁り、時間と手間を短縮できただろうと思っています。まあもっとも、我流で磨いたことを後悔などしていませんがね。

インタビューに近い

さて、本書の、図書館員によるレファレンス・サービスについて書かれた中に「魂の産婆術」という言葉が出てきます。

 図書館員はインタビューを通じて、質問者が調査したい対象にかたちを与え、いまの段階で欲している資料や情報を適切に紹介してくれるはずだ。ソクラテスの「魂の産婆術」には到底及ばないが、「資料の産婆術」とはいえそうだ。

ソクラテスの産婆術は、プラトン『テアイテトス』(岩波文庫、1966年)の前半に出てきます。ソクラテスは、思考活動を妊娠や出産に喩え、対話問答における自分の役割を産婆だと言っています。つまり、相手が言い出した論や概念に対し質問を重ねることで、当人が意識していなかった新しい発想などを生み出させる立場ということ。ソクラテスは、自分の母親が産婆だったことになぞらえて、そういう自分の問答の仕方を産婆だと言いました。

読んでいて何となく、事実と論理によって真実を浮かび上がらせる行為…井上の言うように、まさにインタビューや取材に近い行為ではないかと思いました。