杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

積ん読について

本との縁

用事があって東京都立図書館のウェブサイトに行ったら、「みんなの積ん読ランキング」なるランキングの結果が発表されていました。面白かったので、見てみました。

1位はプルーストの『失われた時を求めて』でした。サイトに書いてあるのは岩波文庫ですが、画像は光文社文庫の古典新訳になっています。この作品は、私も井上究一郎訳のちくま文庫版を積ん読しています。いつか読みたいですが、まとまった時間があって、腰を据えて読む心の余裕も必要ですね。

井上訳『失われた時を求めて』といえば、数年前にインタビューした大手企業の役員が、学生時代にこの本を読んで感動し、定年後などにまとまった時間ができたら再読したい、と話していたのを覚えています。そういう書物があるのは幸せなことだと私は思います。

他のランキング作品は、積ん読しているものはない、というか持っていない作品が大半でした。それにしても、サン=テグジュペリの『星の王子さま』やエンデの『モモ』、漱石の『こころ』などは、割と簡単に読めるのではないかと思いますが…。

このランキングにはありませんでしたが、私は『千一夜物語』や『岸田劉生全集』などの他、いくつも積ん読状態になっています。以前は、いずれ確実に読むという確信があったので積ん読し、現に何年か経った後に読んでいました。しかしここ数年で、この先一生、手に取ることが無さそうな本がいくつも出てきました。そうした本は、私自身の興味関心が移ろい、頭の中でイメージしている読書の旅程図のようなものが変化した結果、そこから脱落したのです。こうなると、積ん読しておく意味はなくなり、お別れになります。

本もまた人間のように、自分と縁があって結ばれたり、逆に切れたりもするということです。