杉本純のブログ

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枯れ枝をへし折って強引に束ねた作品

古井由吉の十五年前の評

古井由吉佐伯一麦の『往復書簡『遠くからの声』『言葉の兆し』』(講談社文芸文庫、2021年)は、新潮社の『遠くからの声―往復書簡―』(1999年)と朝日新聞出版の『往復書簡 言葉の兆し』(2012年)を底本として合本し、改題したものです。

古井由吉佐伯一麦にとって恩人であり、最も敬慕していたといってもいいくらいの作家です。

師弟間の往復書簡は両者の文学観を窺うことができますが、私としては、二人の伝記的な資料として読んでいます。

1997年11月20日の、佐伯がオスロから古井へ宛てた書簡に面白い箇所がありました。書簡は「シャーレの巣作り」というタイトルが付けられていますが、次のような箇所です。

 恢復した身体で、久しぶりに窓辺に立つと、いつのまにか裸木の天辺近くに、シャーレが宿り木のような大きな巣を作っているのに気付きました。枯れ枝をつかったかなり大まかな巣作りです。ふと、自分が、「枯れ枝をへし折って強引に束ねた」ような作品だという古井さんの評を受けてこの世界に入り込んだ十五年前を思い出しました。

この「枯れ枝をへし折って強引に束ねた」ような作品、とは佐伯の実質的なデビュー作「木を接ぐ」のことです。古井は佐伯が同作で「海燕」新人文学賞を受賞した時に選考委員をしていました。「海燕」の受賞作発表号では古井をはじめ選考委員たちの講評が載りましたが、古井はそこで「枯木をへし折って荒縄で束(たば)ねるような、ところどころで枝先が変な方向へ突き出しているが、力作と受け止めた。」と述べていました。

ちなみに佐伯が「木を接ぐ」でデビューしたのは1984年で、1997年からすると13年前になります。