杉本純のブログ

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佐伯一麦「虫が嗤う」

佐伯一麦の短篇「虫が嗤う」を読みました。これは「海燕」1985年6月号が初出で、単行本『雛の棲家』(福武書店、1987年)に収められました。

内容は、言わば「海燕」新人文学賞を受賞した「木を接ぐ」の続篇で、生まれたばかりの赤ん坊を育てる主人公夫婦の危機を描いています(発表時期も「木を接ぐ」の次で、受賞第一作になります)。妻には前に付き合っていた男がいて、主人公は自分の子はもしかしたらその男の子なのではないかと疑いますが、最後は和解します。そういう話の中に、主人公は体内に脂肪の塊ができて大きく腫れてしまい、手術でそれを取り除くなどの挿話が入ってきます。

現在と回想が入り交じって語られ、その文章がいつのことを書いたものなのかが分からなくなる読者は少なくないでしょう。しかも「木を接ぐ」を読んでいないと分からなそうな記述もあり、作者自身も混乱しながら書いたのではないかと思いました。

この短篇の最後に、主人公が妻に「戯れ唄」を歌う箇所があります。

おいらも、ひらひら
おまえも ひらひら
あいつも ひらひら
日本中 ひらひら

吉田拓郎作曲の「ひらひら」です。主人公は妻と出会った夜にも酔っぱらってこの歌をうたったようで、この小説が事実そのままなら、佐伯は「ひらひら」をよく歌っていたのでしょう。