杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

時間泥棒

ミヒャエル・エンデ『モモ』は、いつ読んだかもう忘れてしまった。時間泥棒というのが何だったかはもちろん、内容もほぼ忘れてしまっている。自宅には大島かおり訳の大きな岩波少年少女の本がある。

ところで、時間泥棒は実在する。相手の都合を考えず自分の都合で遠慮なく話し掛け、好き勝手にしゃべり散らかす人である。相手が自分のために時間を使っているという自覚がなく、逆に、相手が自分に話し掛けられて喜んでいるとさえ思っているようなのだ。

私が知る時間泥棒のいくたりかは、どうやら自己陶酔の傾向がある。とはいえ、自己陶酔家の中ではレベルが低いほうらしく、これがレベルが高い人になると、相手が自分を煙たがっているのを敏感に察知してすぐ逃げていくのだが、時間泥棒は気づかず、能天気にべらべらしゃべっている。余談ながら、高レベルの自己陶酔家は、相手が自分に心酔するようたらしこむ術に長けていて、心酔したと見たら、いろいろ要求して相手の時間を容赦なく奪い始める。盗まれている側は盗まれているという感覚すらなく、喜んで時間を差し出してしまう…そんな具合である。

時間泥棒に戻るが、まぁとにかく自覚がないというのは恐ろしいことで、迷惑かけられている方は、怒るか、徹底的に無視するくらいしか対処のしようがない。中途半端に優しく応じてしまうと、時間泥棒は付け上がってどんどん時間を盗むので要注意である。

中にはもっと低レベル?な奴がいて、これは、こちらが怒りを露にしても気づかない。逆に、怒られたことで自分は愛されていると勘違いするのか、喜んでますます図々しくなる。このタイプは扱いがかなり難しく、毅然と拒否の態度を示し続けるしかないと思う。

時間は大切である。泥棒には盗まれないようにしたい。