杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

持ち時間

今年の盆休みはかなり暑かったが、家でごろごろしたりせず積極的に外出した。旅行もしたし、地元の施設や買い物にもよく行った。

一方、ライフワークである調べ物と書き物はそこそこ進行したが、休暇は休暇で上のような予定を入れてしまっているので、進捗のスピードは平日とさほど変わりなかった。否、平日の方が比較的ルーティンでかえってよく捗るかも知れない。

近ごろ頻りと自分の「持ち時間」のことを考えるようになった。これはきっと、年を食ったのだ。二十代は誰もがそうだろうが、私は三十代がずんずん過ぎ去っていっても、未来の時間はまだまだ無限にある、などと漠然と考えていた。時間は有限だということを頭では分かっていたが肚までは落ちていなかった。それがこの頃は、頭から胸まで下り、さらに肚まで落ちつつあるように思う。

たしか立花隆が、自分は死ぬまでにあと何冊本が読めるのだろうか、といったことをどこかで言っていたと記憶している。私はまだその境地には至らないが、最近は持ち時間は限られているという考えが深くなり、やろうと思ったことは先延ばしにせず今やる方がいいと、以前より強く思うようになった気がする。だから今日も明日もどんどん書く。