杉本純のブログ

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困ったクイズ出題者

ライターとして仕事をしていると、しばしば困った発注者に遭遇する。

ある日はこんな人に遭遇した。ヒアリングに伺い、その場で記事の構成や原稿のポイントについて話し合い、合意を取ったにも関わらず、その通りに記事を作って出したら「ヒアリング時に話した通りになってない」などと言い、「作り直してくれ」と言うのである。驚いて内容を見直すと、取材時に話したことは明らかに原稿に書いてある。ではどうして「話した通りになってない」と思ったのか…。

私はそのことを確認するため、取材時にはこれこれこういう打ち合わせをして、確かに合意したと記憶しているが…もしそうでなかったなら再打ち合わせが必要ではないか?といった返事をした。

すると相手は、私との話を打ち切ってしまい、「こういう感じで改めて作ってくれ」と新しい構成案を送ってきたのだ。相手は私の仲間と電話で話したらしく、その仲間が言うには、どうやら相手は私の反論に半ば呆れている、とのことだった。

まぁ、相手が少々いきり立った調子で言ってきたのに対し、私もちょっとムッとしたのは事実で、反論にはそれなりの熱がこもってしまった。また相手に構成を作り直させてしまった、ということは反省している。

けれども納得できなかったのは、相手が出してきた構成案がヒアリングで合意を得たのとはずいぶん違うもので、逆に原稿の内容については、盛り込まれている要素が私が最初に書いたものとほぼ同じだったことだ。つまり、私はべつに大きな間違いを犯していなかったことが、相手の新たな構成案によって証明された。私はその内容で文章化を進めたのだが、その後で原稿が再度差し替わるという憂き目にあった。

この事故は、お互いが納得するまでコミュニケーションを取らなかったことに原因があると思われる。しかし私自身はヒアリング時に納得しており、そのことを相手ともきちんと確認したとも思っているし、その後の「話した通りになってない」に対しても、事実を元にした議論を試みたのである(上述の通り、ちょっと感情が入ってしまったのだったが…)。

とすると、相手の方が、私とのヒアリング時に納得するまで話し合わなかったのが最大の問題と言えるのではないか。あるいは、ライターならばこれ以上言わなくてもきちんと伝わっていると思い込んでいたのだろう。また私との議論を拒んだのには、うるさいライターとはこれ以上話したくない、という侮蔑の色が見られた。さらに、その後、明らかに打ち合わせ結果とは異なる内容の構成案を送ってきたことについては、何の説明もなかった。

つまり、納得に至るまでのコミュニケーションを拒んだのは相手の方だったと私は思っている。また、恐らくそこには、ライターごときが生意気な…といった見下しと軽蔑の感情もあったのではないかと感じる。

そういう発注者は、クリエイターからすると、少ないヒントで問題を突きつけてきて、回答を出したら「違う」などと言って突き返してくる、困ったクイズ出題者でしかない。

こちらはクイズをやっているのではないのである。クリエイターに仕事を発注し、きちんと形にしてもらいたいなら、自分の考えを全体から細部に至るまで具体的にクリエイターに伝えるべきだろう。そういう地道な作業を怠っておきながら、クリエイターが十全なものを作ってくれると考えるのは単なる怠慢だと思う。

上記のようなクイズ出題者に遭遇してしまった場合、なるべく感情的にならず、かといってクイズに正解しようなどと無駄な努力をしないことが大切。あくまで冷静に、理詰めで解答に辿り着く道を探るのが良いと思う。