杉本純のブログ

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「拙速を尊ぶ」は是か非か

「兵は拙速を尊ぶ」という言葉があるらしく、「少々不味くても速いに越したことはない。だから準備を完璧にしなくてもいいのでとにかく迅速に行動に移せ」という意味に捉えられることが多い。この言葉は「孫子」の中にあるそうで、「ビジネスマンは拙速を尊ぶべし」などとアレンジされるようだ。

これに対し、「孫子」にはそんなことは書かれておらず、上記のように解釈するのは間違いで、準備は十分にするべきだと主張する人もいる。

私は「孫子」を読んだことがないし中国語も分からないので、真実はまったく分からない。ただし、一般的に(たとえ「孫子」を誤解しているとしても)「速いに越したことはない」と考えるのは正しいだろうと思う。

例えばライターの仕事の中には「取材」があり、それに次ぐ「原稿執筆」があるが、その間はなるべく時間を置かず、取材が済んだらできる限り早く執筆に入るのが良い。「取材」とは文字通り「材料を取る」ことで、私は料理に喩えて考えている。すなわち、市場などから材料(食材)を仕入れて厨房に持ち込んだら、なるべく早く調理に取り掛かるのが良い。今は料理しないから…などと冷蔵・冷凍しておくと解凍するのに時間がかかり、結果としてトータルの調理時間が膨らんでしまう。仕入れ次第、調理に移れば短時間で出来上がる。そうすればすぐ次の仕事に移ることができる。鮮度が良いうちに調理する方が良いのはライターも同じ。食材でも情報でも同じで、入手したら早めに料理してしまうのが望ましい。

もっともこれは、私の知っているライターが、取材後なかなか執筆に取り掛かろうとせず、結果として原稿を書き上げるのが一週間ほど後になってしまっており、それどころか原稿を取材後すぐに書き上げるなんて無理!などとほざいていたのを聞いて、そんなことはないだろうと思って考えた「早く書くべき論」だ。

しかしべつに私と私の周囲のライターのみに通用する特殊なケースでもないと思う。原稿は必ずチェックする人間がいるので、早く書き上げて渡せば、相手はじっくり内容を吟味できるではないか。それは相手にとって嬉しいことに違いないと思う。仕事は早く相手に渡す方が良い。これは、ライターに限らずあらゆる仕事に共通して言えることではないか。

問題は、「拙速=拙く・速い」の「拙い」の解釈ではないか。「兵は拙速を尊ぶ」の一般的な(誤解しているらしい)理解は、完璧だけど長時間かけてしまうよりは少々不味くても速く行動に移す方が良い、ということだが、速ければ何でも良いわけではないのは当たり前である。私だって、速いことを尊ぶものの、意味が通じていないぐちゃぐちゃの原稿など出すはずがないし、どういう原稿になるかが頭の中に描けていない状態で無闇に書き始めたりはしない。それは当たり前。一方で、初めから終わりまで完璧に仕上げ一点の瑕疵もない状態にまで準備段階で磨き上げることもまたあり得ない。準備はし尽くせるものではない。それはライターの仕事だろうが、企業の事業計画だろうが何だろうが同じだと思う。

準備は大切。しかし準備を入念にやり過ぎて機を逃すのは愚の骨頂。速くやるのに越したことはない。ただし速ければ何でも良いわけではない。