杉本純のブログ

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「どうしても書き上げたい小説」

佐伯一麦の『ア・ルース・ボーイ』は、「新潮」1991年4月号に発表され、第四回三島由紀夫賞を受賞した。「新潮」7月号には「受賞の言葉」が載っているが、そこには「物を書き始めた十八のときから、どうしても書き上げたい小説だった」と書いてある。

二瓶浩明の佐伯年譜によると、『ア・ルース・ボーイ』は「はじめの三分の一ほどの文章がなかなか固まらず、八十回ほど書き直した」ようだ。「受賞の言葉」にも、

スケッチを重ね、短篇として発表しても、不満だった。デビューして七年、この小説を完成させる腕を作ることを心がけて来た。小説家というものは、何度でも同じ傷を書く。

とある。短篇「静かな熱」などは、そのスケッチの一つだろう。『ア・ルース・ボーイ』までの作品群をぜんぶ読んだわけではないから、他にもあるかも知れない。

ところで、これを読んで我が身を顧みずにはいられなかったというか、忸怩たる思いがした。これまで、このテーマだけは世に問わねば、みたいに気負っていくつかの小説を書いたが、とても書き切った実感はなく、不完全燃焼の状態になっている。率直に、まだ自分の手に負えないテーマを書こうとして、力任せに書いてしまったと思う。もっと腕を磨かなくては。