杉本純のブログ

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佐伯一麦と秋山駿

毎日新聞1991年6月25日(火)夕刊6面の「文芸時評」に、佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』と「行人塚」のことが載っている。他に、三浦哲郎「あわたけ」も紹介されている。評者は秋山駿である。

こんにち、私小説はその系譜が消滅してしまったのではないかと思われていたが、立派な受け継ぎ手が現れたようだ、と佐伯のことを言っている。もっとも、『ア・ルース・ボーイ』自体の評はなく、佐伯が同作で三島賞を取り、「新潮」で行った批評家・島弘之との対談での佐伯の発言を捉えてそう述べているのである。

有望な若い書き手が現れたことを喜んでいるが、けっこう手厳しいことも書いている。島との対談での佐伯の発言に疑義を呈したり、「行人塚」の文章の一部は読者に『ア・ルース・ボーイ』の記憶があれば直に読めるがそうでない読者はそうはいかない、先達の技術の跡を参照してほしい、と要請したりしている。近頃の文芸時評を私は全て読んでいるわけではないが、どうも評者が作者に阿(おもね)っているように感じるものがある。秋山駿の評言は、ちゃんと作家と対峙していると思えた。