杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

29歳の頃の佐伯一麦

佐伯一麦の年譜を読んでいて、じーんとくるエピソードがあった。

『ショート・サーキット』(講談社文芸文庫、2005年)に収録されている二瓶浩明による年譜だ。アスベスト疾患と長女の病気のため茨城県古河市に引っ越し、配電制御盤配線工として勤務するが基本給だけでは生活できず、残業を月150時間以上やっていたため、ものを書ける状態ではなかった、という29歳の時期の記述。

私も仕事と育児を両立させつつ作品を書いたことがあり、それがとても大変だったので「ものを書ける状態ではなかった。」というのが少し分かる気がする。書き物をしていると、作品のことが絶えず頭の中にあって、義務を果たしたらすぐに机に向かいたいと思っているが、残業を終えるとへとへとになっていて、書く時間が確保しづらい上に机に向かう気力を持ち続けるのも辛い。次第に作品に打ち込む時間が減ってくると、頭の中にある書き物が、だんだん雲のように流れ去っていき、消えてしまう感じがしてくるのだ。

佐伯はその時期、書けない鬱屈を紛らわすために古河市の宗願寺にあった和田芳恵の墓を詣でていたそうだ。私は、けっこう周りに当たり散らしてしまっていた。まったく馬鹿な奴だと思う。