杉本純のブログ

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熱誠と辻説法

愛すべき、困った存在

マウンティングをしてくる人はスルーで良いと思いますが、それと似て非なる特徴を持つ人がいます。熱誠を持ち、世のため人のために辻説法をも辞さない人です。

やたらと声高に自説を主張し、間違っていると思うことには間違っていると言わずにはいられない。そして、それが世の中にとって、また話している相手にとっても良いことであると信じて疑わない。この場合の「辻説法」はもちろん比喩的で、いついかなる場合も間違っていると思えば、それは間違っている!と言うのです。そのまま自説を縷々述べることを辞さないし、論争に発展しても堂々と戦う。そんな熱誠と辻説法の人が、世の中に稀にいます。

その人は、間違っていると思うと相手にそうはっきりと言いますが、言われる側は「マウントをかけられた」と勘違いしやすい。また、適当に世の中に合わせ、ルーズに生きている人にとっては、その人はしばしば暑苦しい存在です。

私の印象では、そういう熱誠と辻説法の人は学生運動の経験者に多いようです。社会の問題に目ざとく、発見するとすぐに問題提起をする。論争に慣れ、論破術にも長けている。ある意味では敬意を表すべき、また愛すべき存在と思いますが、その正論が現実的でないこともしばしば見受けられ、困った存在とも思います。