杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

「ぬなは」

『六の宮の姫君』(創元推理文庫、1999年)は読むほどに主人公に共感してしまう小説だが、福島に旅行する中で出てくる「ぬなは」のエピソードも面白い。

「ぬなは」とは蓴菜じゅんさい)のことで、主人公は『拾遺和歌集』に載っていた一首を「ぬなは」の語があることから覚えていた。それより以前に『万葉の花暦』という本で「ぬなは」の歌を知り、それを気に入っていたのである。歌の中身も覚えているが、「ぬなは」という語にピンとくるあたり、主人公の語感というか音感の強さを感じさせる。

私は『雨月物語』に出てくる「ぬばたま」という語の語感が好きで、自分の小説でも使ったことがあった。谷崎潤一郎も「緡蛮(めんばん)たる黄鳥」という「大学」に出てくる語を、その特異な字面と音調から覚えていたと『文章読本』に書いている。意味よりも形や音で記憶に残るということはある。