杉本純のブログ

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「自己再認識」小説

ディーン・R・クーンツ『ベストセラー小説の書き方』(朝日文庫、1996年)の第八章「登場人物にいかにもありえそうな動機を与える」は、文字通り小説における主人公の行動の発端となる七つの動機付けについて述べたものだが、その一つに、ドキリとさせられた。五番目の「自己再認識」である。クーンツはこう述べている。

 自分自身を試し、自分について再認識するために波瀾万丈の人生に歩みだす主人公というのは、完全に「文学的」な虚構にすぎない。自己の心理を分析し、自分というものをもっと深く理解するために意識的に努力することは、動機として考えられないこともないが、一般小説やジャンル小説でそれを主要な動機にするのは、避けたほうがいい。
 一般小説においては、主人公は冗長な自己観察を通じてではなく、プロットの進展を通じて、自己自身を発見していくように描くべきである。

「自己再認識」について述べた文は上記で全てであり、他の六つに比べ圧倒的に短い。

「自己再認識」を目的とするのは、言うなれば「自分探し」になるだろうが、クーンツのこの指摘は、痛い痛い、青春自己言及小説を書いていた私には耳が痛い。そう。自意識過剰者の「冗長な自己観察」など、読む側には退屈なだけでなく、イライラさせられるものだろう。