杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

佐伯一麦と「杳子」

前野久美子編著『ブックカフェのある街』(仙台文庫、2011年)は、仙台の古書店カフェ「book cafe 火星の庭」の店主である著者が、本をめぐる仙台の人々のことを綴った本。その中に、「火星の庭」で2010年2月28日に行われた佐伯一麦の読書会「夜の文学散歩」の第二回の様子が収録されている。この回は課題図書が古井由吉『杳子』で、佐伯が参加者とともに古井の思い出なども語りつつ「杳子」を読み解いている。ちなみに、第一回はイサク・ディーネセン『バベットの晩餐会』(桝田啓介訳、ちくま文庫)で、2009年10月4日に行われたようだ。「火星の庭」のホームページに出ている。

「夜の文学散歩」第二回は、本書のわずか16ページを占めるだけの短い記事だが、佐伯研究に従事する者としては、興味深い箇所がいくつかある。小さいながら、この本はけっこう重要な書物である。

まず、佐伯が18歳で上京した後に就いた週刊誌記者の仕事で、どんな雑誌に携わったのかが書かれている。「主婦と生活」である。週刊誌の仕事をしたのは「蟠竜社」という会社だったのだが、色んな取材をしたのは分かっていたが「主婦と生活」という誌名は初めて見た。

また、些細なことだが、古井由吉の『人生の色気』(新潮社、2009年)に触れている箇所で、自分が担当したインタビューを「向山の東洋館」で行った、とある。私は『人生の色気』を読み、佐伯と古井が話したのが2008年12月3日だということは分かっていたが、場所は今回知った。東洋館は、広瀬川沿いにある懐石料理屋であるらしい。この店がある「向山」という場所は、かつて佐伯が住んだ広瀬川沿いの「花壇」に近い。

この読書会で佐伯は、「杳子」は瀧井孝作が絶賛し、大岡昇平は同じ回に芥川賞候補になった「妻隠」を推し、石川達三だけは古井が取るのを断固反対した、と話している。「芥川賞のすべて・のようなもの」を見ると、永井龍男も反対し、とはいえ「杳子」に反対ながら「妻隠」を「手練は大したもの」と言っている。

佐伯による時代背景を踏まえた「杳子」分析にはなるほどと思った。