杉本純のブログ

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リハビリ

佐伯一麦『散歩歳時記』(日本経済新聞社、2005年)の「麦イカ」(初出は山形新聞2003年8月12日夕刊)には、たくさん釣ったスルメイカを分けてくれた佐伯の幼馴染の「M」のエピソードが載っている。

 不動産会社に勤めていたMは、目下のところ失業中の身である。八戸の売れ残りマンションの販売責任者となって単身赴任したときに、海釣りを覚えたという。
 五月にはアサリとホッキ貝(潮汁にするとうまかった)、六月にはメバル(煮付けに最高)が届けられ、今度のスルメイカだった。Mといえば、バブルの頃は、携帯にひっきりなしにかかってくる電話に始終応対している姿が印象に残っている。今は、携帯も持っていない、と笑う彼は、釣りでもしながらリハビリをしているといったところだろう、と私は想った。

「バブル」とあるが、佐伯が仙台に戻ったのは1993年である。それは一般的にはバブル崩壊後になるが、とするとMとはそれ以前、つまり古河市に住んでいた頃か東京に住んでいた頃にも会っていたのかも知れない。なお佐伯は1988年まで東京・神奈川県などに住み、それから古河市に移っている。

とまれ、バブルの頃はバリバリ働いていた幼馴染が、この頃には携帯電話すら持たずに海釣りをして「リハビリ」している、というのが、なんだか考えさせられるのである。勝手な推測だが、身を削って働いて心まで消耗してしまい、その反動で仕事と縁を切って自然と触れ合っている、ということではないか。

これまた勝手な推測なのだが、上京して過酷な肉体労働をして、妻との関係も駄目になった末に仙台に戻った佐伯も、花鳥風月に親しんでリハビリをしているのかも知れない、などと思うのである。