杉本純のブログ

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知性か教養か

細谷功地頭力を鍛える』(東洋経済新報社、2007年)を読んでいる。これは「問題解決に活かす『フェルミ推定』」という副題がついていて、「フェルミ推定」に興味を持ったので読んでみようと思ったのだ。

フェルミ推定」とは、実際には計算が困難な事柄をいくつかの一般的な前提条件を元にして概算することで、ビジネスの世界ではポピュラーなものだそうだが、知らなかった。「フェルミ」はノーベル賞を受賞した物理学者エンリコ・フェルミで、フェルミが弟子に出した「シカゴにピアノ調律師は何人いるか?」がフェルミ推定の問題として有名である。フェルミは原爆が爆発した際にティッシュペーパーを落とし、それが揺れた大きさから爆風を計算し爆発のエネルギーを見積もったという。すごすぎる。

さて本書は、大矢壮一はテレビの普及した世の中に警鐘を鳴らして「一億総白痴化」と言ったが、ネットの普及した今の世の中はますます人が頭を使わなくなり、そうしたことへの危機感からビジネスパーソンの間ではロジカルシンキング脳力開発がブームとなり、数独が海外でも流行っていると述べる。また、本書では「頭の良さ」を「知識がある」「機転が利く」「地頭が良い」の三つに分類し、中でも地頭を問題解決能力として特に重視している。ちなみに三つの中で最も軽視されているのが知識で、なぜなら現代は情報が等しく誰もが入手できるようになり、また変化の激しい中ではその陳腐化が激しいからだと述べている。

なるほどそうかも知れないと思った。が、ちょっと不服もある。機転が利く、地頭が良い、は「知性」という言葉で一括りにできそうだが、たしかに仕事の成功という点では単なる知識よりも知性の方がずっと大事だろう。けれども、知識、ひいては教養がもたらす生活や人生の豊かさは、知性からは安易に得られないと思っている。仕事の成功と日々の生活の楽しさはどちらが大事かと言えば、それはやはり日々の生活だろうと思えるし、私の考える教養はおおむね歴史を指すが、経営者は歴史に学ぶことが多い気がする。だから大切なのは教養ではないかと思うが、やはりそれだけでは駄目で、それを有効に使える知性も身につけなくてはならないのだろう。