杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

不動産の世界と小説

森稔『ヒルズ 挑戦する都市』(朝日新書、2009年)を読んでいて、内容が実に興味深い。都市とか街を見るのが好きなので、森ビルとか虎ノ門の開発について書かれているだろうと思って手に取ったのだが、森ビルの森稔(元森ビル社長)が小説家志望だったとわかったのだ。

小説家志望だったのが実業家として有名になった人といえば、阪急グループの小林一三がいる。小林には『逸翁自叙伝』という本がある。他にもそういう人はいっぱいいるはずだ。

さて、森稔は東大教育学部出身で、在学中に肋膜炎を患い、自宅静養して留年したそうだ。そんな中、小説家を目指して原稿用紙に向かうものの満足いくものが書けず、悶々とした日を過ごしていたらしい。ワナビだったのだ。

そんな状況を見ていた父親から家業の手伝いを命じられ、「業務部長」という肩書きが書かれた名刺を持って仕事をするようになる。具体的には、第1、第2、第3森ビルの開発に取り組んだ、とのことだが、本人は「小説のネタ集め」くらいの気持ちだったらしい。

こういうところが興味深い。私はライターとしてこれまで様々な不動産開発を取材してきたが、内容を聞いていると、「これは小説になるぞ」と思うことが多々ある。不動産開発というのは土地を取ってきて企画を立て、商品作りをして入居者探しをしなくてはならず、その過程では実にさまざまな人間の生(なま)の感情に向き合うことになる。土地とか財産が絡んでくるので、関わる人、特に所有者の奥底にある本音が噴出してくるのだろうと思う(もちろんそれ以外の分野でも色んなところで人間の本音は出てくるわけだが)。