杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

事実と本物らしさ

実体験を書けばそれだけでオリジナリティとリアリティを獲得できる、と言っていた人がいて、たしかにそうだなぁと思った。ところで、実体験を書くのは実在する場所や人物を書くことにつながるわけだが、では小説に実在の人物や企業の名を書いていいのかというと、どうだろう。

 実在の人名や所番地は(引用者注:小説に書くのを)避けるのが賢明である。わたしたちミステリー作家が目指すのは、「事実」ではなく「本物らしさ」なのだから。

『ミステリーの書き方』(講談社文庫、1998年)の第12章でバーバラ・フロストがそう述べている。

小説である以上、フィクションであるのを前提としているわけだから、実際の企業名や人物名を書く必要はないだろう。ただ、地名については書けばリアリティが出てくる利点があるだろうから、書いてもいいと私は思う。人名も有名人の名前であれば、ストーリーに深く食い込んでこなければ書いても問題に発展することはないだろう。織田信長とかマルクスとかナポレオンとか、場合によっては書かなければ伝わらないこともある。バルザック『暗黒事件』にはフーシェタレーランの名も出てくる。ただし『暗黒事件』の場合、その内容からしバルザックは問題に発展しようがすまいが実名を書いただろうと思われる。

いずれにせよ、実在の事物や人物を小説に登場させるには、それなりの覚悟が必要だろう。作者の内側にその覚悟や正義がなく、またストーリーを述べる上での必然性もないのなら、実名など書かない方がマシじゃないか。