杉本純のブログ

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「病膏肓に入る」

文藝春秋編『無名時代の私』(文春文庫、1995年)は、有名人69人が文字通り「無名時代」について書いたエッセイを編んだもので、その中に佐木隆三「長い長いトンネル」が載っている。

これは、佐木が直木賞受賞作『復讐するはわれにあり』を書くまでのことを綴ったもの。その冒頭に、こんな箇所があった。

 三十歳になったのを汐に、北九州市から東京へ出た。高卒で八幡製鉄所に入って、二十歳前後から同人雑誌にせっせと小説を書いており、「病膏肓に入る」で職業作家を目指したのである。

「病膏肓に入る(やまいこうこうにいる)」は、病気がひどくなって治らなくなる、という意味だが、文脈から察するに、熱中してしまって抜け出せなくなる、というもう一つの意味で使われたものだろう。佐木がつまりワナビで、なおかつこじらせていたことが窺える。

その後、佐木は『復讐するは我にあり』を書くのだが、新聞配達をしながら執筆していたことがこのエッセイを読むとわかる。

私はこの短いエッセイを読んで、俺もやるぞ、という気になった。作家ではない誰かから頑張れなんぞと励まされるより、こういうエッセイを読む方がはるかに闘志が湧いてくる。

それにしても、芥川賞直木賞というのは常に「候補」と言い、ノミネートなどと言うのは最近のテレビ・マスコミの傾向じゃないかと思っていたのだが、このエッセイで佐木は自作が「ノミネートされた」とはっきり書いている。