杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

佐伯一麦「海からの信号」

新潮社編『空を飛ぶ恋 ケータイがつなぐ28の物語』(新潮文庫、2006年)は、「週刊新潮」2003円11月20日号から2006年3月16日号まで掲載された「Communicate Cafe ショートショート」を編集したもの。同シリーズはKDDIが提供したもので、文庫版にはタイトルの通り28篇のショートショートが載っている。

佐伯一麦が、その一つ「海からの信号」を書いている。丘の上に建つマンションに住む「彼女」が、窓辺から海を渡るフェリーを双眼鏡で見て、同じように見ている階下の女性が携帯電話で船上の(恐らく)夫と話しているのを聞き、三年前に死んだ自分の夫のことを思う、という話。

フェリーは名古屋から仙台まで運航しているものかも知れない、と本文にあるし、私小説作家の佐伯はこのショートショートが書かれた時期、仙台の集合住宅に居を移していたので、主人公の住んでいるマンションの場所は仙台なのだろうなと思った。

佐伯の妻は東京で生まれ育ったらしいが、「彼女」は信州で育った、とある。一方、「彼女」の「夫」は少年時にモールス信号を覚え、船舶通信士になるのが夢だったとあるが、佐伯は元「無線少年」で、モールス信号を打つための電鍵が今も仕事机の上にある。

まあ人物設定は想像かも知れないし、もしかしたら同じ集合住宅に住んでいた住人にそういう人がいたのかも知れない。佐伯の随筆を私はまだ全部読んでおらず、どこかにこの作品について書いてある可能性はある。

「海からの信号」は、「彼女」の夫の死因が書かれておらず、いろいろと読者の想像を刺激したまま終わる。そういうところはどこか佐伯らしいと、私は感じる。