杉本純のブログ

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佐伯一麦の「カビ」

図書館でたまたま見かけた田中美穂編『胞子文学名作選』(港の人、2013年)を借りた。

田中は蟲文庫という倉敷の古本屋の主をしている人で、「岡山コケの会」事務局や日本蘚苔類学会員もしていると奥付のプロフィールにある。

このアンソロジーは、日本の作家による「「胞子性」を宿した作品」を集めたもの。「胞子文学」という語について田中は解説で、『きのこ文学名作選』の編者、飯沢耕太郎が作った「きのこ文学」に敬意を表して名付けたものだと述べている。昔、澁澤龍彦が『暗黒のメルヘン』や『変身のロマン』などのアンソロジーを編んだり、他の編者によって猫や酒、童貞をテーマとしたものも編まれたりしたが、これもそういう物好きなアンソロジーの一つと言えると思う。

さてこの中に佐伯一麦の短篇「カビ」が収録されている。「カビ」は1994年より「あけぼの」に連載された「少年詩篇」の一つ。「少年詩篇」は同じタイトルで1997年に新潮社から単行本が発行された後、『あんちゃん、おやすみ』(新潮文庫、2007年)という題で文庫化されている。

「カビ」は、自宅のカビを集めて観察するのを夏休みの自由研究のテーマにした少年の朝の一コマを描いたもの。佐伯は『あんちゃん、おやすみ』のあとがきで、自分はルナールやフィリップの作品を愛読してきたが、どうして日本では彼らのような小さなものに通暁した作家による作品が生まれないのだろうと訝しんだ、と述べており、仕事の合間を縫うようにして少年を主人公にした作品を書き継いできたと書いている。

また、はじめは自分の少年時代をモデルに描いているつもりだったが自分が子供を持つようになり、主人公像は個人ではなく父、自分、息子と繋がっているものの容貌を帯びるようになったと書いている。