杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

「赤羽刀の人」

少し誇らしかった

昨年、赤羽刀についてあれこれ調べ物をしていました。

県外から書籍を取り寄せたり、都内の図書館のレファレンスに質問をして資料を紹介してもらったりして、わずかではありますが赤羽刀について理解しました。

そのこぼれ話で、私としてはちょっと忸怩たる思いがするのが、私がレファ係から「赤羽刀の人」と呼ばれていたことです。都内の某図書館に史料について問い合わせ、閲覧の予約を入れたのですが、レファ係の間では私のことが、某月某日に史料を見にくる区外の利用者、という意味をもつ「赤羽刀の人」という呼び方で覚えられていたのです。

赤羽刀の人」は、レファにメールで問い合わせた後に電話で閲覧予約をした時や直接図書館を訪ねた時に、窓口の人が担当者につなぐ際に私を指す言葉として使われていました。もちろん私は自分の名前を伝えていましたが、図書館の人たちにとっては「赤羽刀の人」の方が覚えやすかったのでしょう。

赤羽刀の人から電話!」とか「赤羽刀の人が来たよ」などと聞くたび、私は恥ずかしさと可笑しさの混じった奇妙な感じを覚えましたが、やはりどこか面白くて、下を向いて笑っていました。まぁ、こういう呼び方は失礼とまでは思いませんが不本意ではあります。しかし、自分が名前でなく調査対象で他人から覚えられていたことが、私としてはどこか、誇らしくも感じられたのです。

板橋区立郷土資料館恒例の「マユダマ飾り」

豊作の模擬実演

板橋区立郷土資料館の古民家で1月7日から15日まで、恒例の行事「マユダマ飾り」が行われています。

「マユダマ飾り」とは1月15日の小正月のお飾りで、農作物の豊作や養蚕なら繭の豊産を願って実施される「予祝行事」の一つです。予祝行事は、豊作の様子を模擬実演するものであるらしく、マユダマ飾りの他にも鋤入れや庭田植などがあるそうです。豊作を頭に思い描いておくことで実現を助ける、ということでしょうか。

マユダマは枝ぶりの大きいものを一つ、小さいものを複数つくります。大きいものは大黒柱に縛り付け、小さいものは大神宮様、荒神様、床の間、仏壇、井戸の水神様、恵比寿様、大黒様、屋敷の稲荷様などに添えるのだとか。

この郷土資料館での今年の展示はケヤキの枝を使ったとのことなので、昨年、一昨年と同じですね。

マユダマ飾りは、昨年10月から12月まで屋根改修工事が行われ、きれいになった「旧田中家住宅」で行われています

蔵書始末記6 『全集黒澤明』

映画に血道を上げた青春の記憶

昨年末から続けている蔵書整理。その際にお別れすることにした本の思い出を記す不定期連載「蔵書始末記」、今回は岩波書店の『全集黒澤明』です。

本書はタイトルの通り、映画監督・黒澤明の脚本全集です。監督デビュー作である『姿三四郎』から遺作『まあだだよ』までの脚本の他、監督していない脚本作品も収録されています。全六巻ですが、後年刊行された「最終巻」を含めると全七冊あります。

これはたしか映画学校に入学する頃、今は無い神保町の「岩波ブックセンター」で買いました。当時は「最終巻」が出ておらず、黒い函に入った全六冊が赤いケースに収められていました。本は赤い布張りの上製本で、黒函と赤ケースに収まった全六冊はなんとも高級かつ重厚な感じがして、愚かな学生だった私はまずこれを所有できたことに大きな喜びを感じていたことを覚えています。

全作品に対し佐藤忠男先生による「解題」が付けられ、作品ごとの黒澤のメモなども掲載された、かなり凝った編集を施した全集だったのは間違いありません。私は特に初期作の『酔いどれ天使』や『野良犬』などを読み込み、構造を読み解いたメモを書き込んでいました。そのせいで本書の古書としての価値は下がりましたが、映画に熱中していた私はそんなことはお構いなしで書きまくっていたものです。

映画学校の友人は黒澤明が好きで、特に『七人の侍』などが好きということだったので、第三巻と四巻を贈りました。お陰で私は端本を所持している状態となり、そのまま長い年月が過ぎました。今は脚本を書く気はなく、端本たちは書架にあるままページを開かれることもない状態だったため、今回手放すことにした次第です。

『全集黒澤明』は私にとって、映画に血道を上げた青春の記憶を留める本です。別れるのは名残惜しいですが、私は前進したいのです。

担保としての「実直さと才能」

古今東西にわたり価値を持つ

バルザックの短篇「ゴプセック」(『ゴプセック・毬打つ猫の店』(芳川泰久訳、岩波文庫、2009年)所収)を読んでいます。その前半に、主人公である高利貸のゴプセックの、いわゆる「人的資本」に関する考えが語られている箇所があり、考えさせられました。

ゴプセックは抜け目ない高利貸ですが、語り手である代訴人デルヴィルにお金を貸す時、まだ若いデルヴィルには担保になるものが無いにも関わらず貸すことを決め、次のように言います。

「代訴人どの、覚えておいてほしいものだが、なにしろ一杯食わされないために知っておく必要があるのは、三十前の人間なら実直さと才能がまだ一種の担保となる。ところが、この歳を越えると、人間はもはや当てにできないってことさ」

要するに、若い人は実直さと才能があれば、それが担保になり得るということです。つまり、若さや実直さは、それだけで立派な「人的資本」だということでしょう。

以前このブログで、青木雄二の『ナニワ金融道』のエピソードを引き合いに出した「「真面目さ」は人的資本」という記事を書きました。

帝国金融の社長は、保証人の候補になっている男が真面目でよく働くことを評価し、400万円ものお金を貸すことに決めます。保証人の背口という男はもちろん若く、経営する運送屋を大きくしたいという目標に燃えています。

ナニワ金融道』は現代を舞台にした金融漫画ですが、十九世紀パリを舞台にした金融小説である「ゴプセック」でも、お金を貸す側にとって、相手の真面目さ(実直さ)が貸す・貸さないの判断のポイントになっているのです。「真面目」であることは、古今東西にわたり高い価値を持つ、ということです。

場面緘黙と私

静かな衝撃

モリナガアメ『話せない私研究――大人になってわかった場面緘黙との付き合い方』(合同出版、2020年)を読みました。

久しぶりに、これは俺のことが書かれた本じゃないか…!と思った一冊でした。主人公と私の精神状態が重なっていただけでなく、主人公の家族と私の家族が似ている!と感じたため、そう強く思ったのです。主人公と家族のことは同じモリナガ著『かんもくって何なの!?』(合同出版、2017年)に描いてあるようなので、次はそれを読みます。

最近、「HSP」という言葉がよく耳目に触れるようになり、私自身、その傾向があることを自覚しているところですが、本書に描かれた場面緘黙も少なからず実感しています。また、本書には主人公が感覚過敏という特性を持っていることも書かれていて、それって「繊細さん」に近いのでは?と思いました。他にも「音が聞こえづらい時がある」とあり、それに関連してAPDにも言及している箇所もあります。これも私自身、自覚しているところであり、HSPやAPD/LiDの自覚と場面緘黙の自覚は無関係ではない、と思っているところです。

加えて、発達障害にも身に覚えがあります。しかしそれに気づいたのはごく最近のことで、いったい、私は自分という人間をまったく理解できないまま四十年以上も生きてきたのではないか…という静かな衝撃が胸に響いています。

そう。著者のモリナガが場面緘黙を自覚したのはアラサーの頃でしたが、私が上記の特性を自覚し始めたのはアラフォーの頃です。まだまだ生きづらくはあるもののメタ認知やセルフ認知行動療法などが功を奏し、少しずつながら人生は良い方向に進んでいるかもしれないと感じていますが、迷妄に悩まされたこの四十年は一体なんだったんだ!…という、なんともやり切れない絶望的な気分になりそうです。

しかし、過去は変えられないし、今の自分の根拠の大部分は今までの自分にあると思うので、悔やんでも仕方ないのです。今から少しずつ人生を良い方へ変えていけばいいのだ、と考えています。

蔵書始末記5 『批評の解剖』

「叢書・ウニベルシタス」最初の一冊

映画学校の学生だった頃、私は川崎市のある古書店で、客だった文藝評論家と知り合いになりました。当時の私はすでに映画の道を諦め、物書きの道に進もうと決めていて、知り合いになったその文藝評論家に文学のことをあれこれ教わっていました。

その頃の私は幻想文学の書き手になりたいと言い、澁澤龍彦やポオなどの小説をせっせと読んでいました。当時のことを思い返すと、もう、忸怩たる思いしかありません。

さて、私はある経緯から、その文藝評論家から幻想文学をやるならこれを読めと、課題図書を五冊与えられました。その五冊とは、ポール・ツヴァイク『冒険の文学』、ツヴェタン・トドロフ幻想文学―構造と機能』、ロラン・ブルヌフ、レアル・ウエレ『小説の世界』、大岡昇平『現代小説作法』、そしてノースロップ・フライ『批評の解剖』でした。もう二十年近く前のことなので自信がありませんが、たしか、この五冊でした。

フライの『批評の解剖』は、たしか私が初めて読んだ法政大学出版局の「叢書・ウニベルシタス」シリーズの一冊です。今は新装版が出ていますが、読んだのは恐らく1980年刊行の旧版です。

過去の西洋文学を価値評価はせずに構造化し、分類してみせた古典的名著です。物語の文学は、ロマンス、悲劇、喜劇、皮肉などといった分類でしたが、いかんせん訳文は恐ろしく難しくて理解しづらかったのを記憶しています。

たしかフライは、批評家はそれぞれ自分の批評的宇宙を持っていなくてはならない、といったことを最初の方で述べていました。私は素人ながらその文章に感銘を受け、それを文藝評論家に伝えたら共感してくれたのを覚えています。

その文藝評論家とはその後いろいろとあり、今は連絡が途絶えていますが、私のために選んでくれた五冊はいずれも優れたチョイスだったと思います。感謝しなくてはなりません。

本書は長年にわたり私の書架の一隅を占めていましたが、古典的名著であるだけに、公立図書館であればだいたい蔵書されています。自宅で毎日のようにページを開くわけではないので、このたび別れることを選びました。ありがとう。

変人の平和

捨て身で生きる

モリナガアメ『話せない私研究――大人になってわかった場面緘黙との付き合い方』(合同出版、2020年)は、場面緘黙という一種の障害を持つ著者が、理解者が少ない中でその障害といかにうまく付き合っていくかを模索し奮闘する経緯を描いた漫画です。

私はこの著者ほどではないですが、シチュエーションによって言葉が出なくなることは身に覚えがあり、本書は共感をもって読んでいます。いや、共感どころか、一般的なコミュニケーションと仕事がままならない人はこう考え、こう生きるといい、というのを深い感銘とともに学ばせてもらっています(褒め過ぎですが、本音です)。

本書の第2話「普通をやめてみる」は、場面緘黙の体験漫画を描き続けると決意した主人公が、ではいかに日常生活と仕事の負担を軽くして執筆にエネルギーと時間を注ぐか、の作戦を立て、実行する経緯が描かれています。その思考の過程ではしばしば、負担を軽くする=楽をする=人としてダメ、という、「常識的な自分」からの「脳内苦言」が呈されます。それは漫画では一種の悪魔のささやきのように描かれ、主人公はそのささやきを一つ一つ理性で乗り越えます。

今まで「普通」になろうとして上手くいかない事ばかりだったしもういい!
今感じてる負担をできるだけ削ぎ落とすために「普通」の枠にとらわれない生き方を模索する!
変人は変人なりの平和な日常が送れるように試行錯誤してみるぞ!
もしうまくいかなくても漫画のネタになると思えば意味はある!

この「普通にならねばと考えるのをやめる」と「どんな結果でも漫画のネタになる」は、主人公にとって強固な軸になり、現実をたくましく、したたかに生きていく力になります。

以前HSS型HSPが、「自分を変人と初期設定するといい」という意味のtweetをしていました。本書の主人公が決意した「変人は変人なりの平和な日常が送れるように試行錯誤してみる」は、まさに自分が変人だという初期設定をした、ということでしょう。HSS型HSPと場面緘黙には違いがあるでしょうけれど、決意の仕方には共通するものがある、ということです。

それにしても、こういう決意をするにはそれなりに腹を括らなくてはならないはずで、漫画は面白く描いていますが、相当の勇気が必要だったのではないかと推察します。

私はモリナガの「描く姿勢」を私小説家の「書く姿勢」と同じように見ています。それは言うなれば「捨て身」というやつです。